第5話 その都市は揺れない
【ジャンクS】は爆発の衝撃波と『飛行機関』の加速を持って十分過ぎる速度で通気シャフトへ入った。
入ったハズだった――
『ようやく本領発揮かな?』
後方から【ダークブルー】が近づいて来ていた。
通気シャフト内では機材による突起が所々にあり、【ジャンクS】はかなりシビアな操作で間を抜けている。しかし、【ダークブルー】は最小最短の動きで徐々に距離を詰めていた。
流石にこの閉所での背面飛行はリスクが大きい。武器は使えない。でも、上まで出れば――
『出れると思っているのか?』
その時、【ダークブルー】より無数のアンカーが飛んでくると【ジャンクS】の装甲に張り付いた。
『エネルギーライフル』は後ろ腰に固定し、両腕から伸びる『アンカーワイヤー』は1000tまで耐えられる。
【ジャンクS】の速度はガクンと落ち、思わずシャフトの壁に激突しそうになる所を何とか調整して耐えしのぐ。【ダークブルー】を引っ張る形となるも、少しずつ速度の低下が始まる。
『参ったねぇ――』
出力を最大にするも、速度の低下は止まらない。そして、残された機体燃料では10分後には『飛行機関』は停止する。
『技術の差だ』
『飛行機関』と『飛行機関』の引き合い。それはエネルギー効率的にも出力的にも『飛行機関』に圧倒的な軍配が上がった。
『でも気づかない?』
『何がだ?』
シャフト内で停止に近い状態で硬直する【ジャンクS】からの通信。それはまだ焦りは何も感じられなかった。
『この状態ってさ。綱引きだよね?』
『今はな。先にそちらが根を上げる』
『それは僕も思ってる。でも、根を上げるのは――』
解除――
【ジャンクS】は最後の一層の装甲板を全て解除し、ワイヤーの拘束を外した。
『僕の装甲の方でした』
引き合いによる溜まったエネルギーは両者へ即最高速度を与える。
前へ進む速度は【ジャンクS】へ。後方へ下がる速度は【ダークブルー】へ。
『ぐっばーい♪』
『――』
【ジャンクS】は上へ向かい、【ダークブルー】は下へ不本意な加速を余儀なくされた。
揺れる。
それは、完璧な姿勢制御で浮かぶ『スカイベース』からすればあり得ない現象だった。
揺れる際の原因は人為的な工事や事故である為に、その周辺の避難が即座に報道されるのだが、今回は全くのイレギュラー。
数年前より使われない通気シャフトが前触れなく開き、完全に開放される。
シャフト周囲の作業員達は揺れるがそこから来ていると感じ取り中を覗き込むと、揺れと共にエンジン音が近づいてくる。
「なんだ……! 下がれ下がれ!!」
高速で迫る【ジャンクS】の姿が見えた瞬間、即座にシャフトより避難した。そして、高速で【ジャンクS】が『スカイベース』の上空へ高々と飛翔して行く。
「なんだありゃ!?」
「『パースロイド』!? 【ソルジャー】じゃない!?」
「『ナンバーズ』の機体か!?」
「とにかく総統府に確認を入れろ!」
総統府。都市オペレーティング室。
「敵の反応! 都心部上空に現れました!」
「武装は右腕部にガトリングガン! 他は見えている武装は確認できません!」
「性能は【ソルジャー】よりもかなり低いと思われます!」
「【ダークブルー】は何をしている!」
「【ダークブルー】は43番シャフトを上昇中です!」
「他の『ナンバーズ』の出撃状況は!?」
「現在、【トリプルタスク】【リベリオン】が出撃可能です!」
『他の出撃の必要はない』
そこへ、【ダークブルー】より通信が入る。
「この事態はアナタの落ち度ですぞ、『01』」
『思いの他、こちらの手をすり抜けるのが得意な様だ。だが、確実に鹵獲する為に上へ行かせた』
「都心部での被害を考えておいでか!?」
『被害は出ない。郊外のポイントにヤツを墜落させる。下手に手を出すな。反撃の流れ弾で市民に死人が出る』
「……この地点は“アークライト家”の土地ですぞ? 『主席会』での申開きはしてくれるのでしょうな?」
『緊急事態だ。“アークライト”にはワタシが直接的話をつけよう』
【ダークブルー】もシャフトより都心部の上空へと飛翔する。
『都心部ではあまり変わりないか。出来ることなら『パースロイド』越しじゃなくて直に歩きたかったねぇ』
【ジャンクS】は『スカイベース』の都心部上空を旋回する様に飛行しながら、機体に点在する電灯を特定のリズムで点滅させる。
『さて――』
真下から敵機の接近反応――
カメラでも接近する“赤い軌跡”を漂わせる【ダークブルー】を捉え、『ガトリング』を向ける。
『君を堕として終わりだ』
『それは不可能な話だ』
『ガトリング』が空転を始めた瞬間には鳥のように【ダークブルー】は通り過ぎていた。
『飛行機関』の急加速……人間だったら――
『ミキサーに入れられたみたいにグチャグチャだろうね!』
『ガトリング』を上空へ位置が変わった【ダークブルー】へ向け直した瞬間、ガコ……と鋭利な断面を見せて銃身が斜めにズレ落ちる。
【ダークブルー】の腕に僅かに熱源が残っていた。『ガトリング』の断面も溶断されたような有様だ。
近接用の『エネルギー武器』……機体じゃなくて武器を狙ったって事は――
『僕と捕らえられると?』
『この状況で捕まらないと本気で思っているのか?』
高速で飛行しつつ【ダークブルー】が狩りをする鷹の様に接近してくる。
【ジャンクS】は一瞬の接近を見切り、姿勢を変えると脚部にて突き出してくる【ダークブルー】の右腕部を蹴り弾く。
『やっぱり、『エネルギー武器』か』
【ダークブルー】の右腕部から瞬間的に伸びるビームの剣。コレに『ガトリング』がやられたのか。
『銃型』と良い、知らなかったら初手でやられてたな……
『脅威的な能力だ』
『まだ、脳細胞は若いんでね』
『飛行機関』は持って、残り5分……まぁ、ギリギリかな!
【ジャンクS】は【ダークブルー】へ接近する。今の『ビームセイバー』を見て尚、接近を行う意味。それは最早――
『万策尽きた様だな』
距離を開ければ、ドッグファイトを続けられない。機体性能的にもリスクがあってもこの近接でケリをつけるつもりなのだろう。
【ジャンクS】の接近により突き出す両腕部同時が組み合う。形は【ダークブルー】が下に押し付けられる様な形だが――
『出力不足だ』
僅かにも降下しただけで、【ダークブルー】の空中静止は【ジャンクS】を完璧に支えていた。その瞬間【ダークブルー】の軌跡が赤から蒼へと変わる――
『――出たな……オカルト!』
急速に熱が失われ、【ジャンクS】からゆっくり駆動が消えていく。更に【ダークブルー】は頭部バルカンにて【ジャンクS】の頭部を破壊。モニターを完全に暗転させた。
『目が見えなければ何も出来まい』
その時、“アークライト”より交渉の結果が入る。
“郊外の私有地を使われたし”
そして、振り回すように目的の郊外へ【ジャンクS】を大きく投げ飛ばす。
『――――』
その際に引っ張られた。だが、機体全体ではない。投げ離れる【ジャンクS】の腕から伸びるワイヤーの先端に繋がっていたモノは――
『そのオカルト……試していいかな?』
『エネルギーライフル』。【ジャンクS】が【ダークブルー】の後ろ腰に固定していたモノを引き寄せたのだ。
最後の一手が【ジャンクS】の手に収まる。試作品故にセキュリティは無い。そもそも、【ダークブルー】から武装を奪うなど誰も考えない。
接近したのは前提が逆だった。
二度目の『ビームセイバー』の接触時に『エネルギーライフル』にワイヤーを引っ掛けていた故に、離れられなかったのだ。だが――
『当たると思うか?』
【ジャンクS】のモニターは暗転。更に機体は既に停止を始め、体勢も投げられた状態。まともな射撃姿勢は取れない。命中率は――
『たかが、モニターがやられただけでしょう?』
溜め共に放たれた『エネルギーライフル』の閃光。パイロットは見えないにも関わらず、【ダークブルー】を確実に捉えていた。
『人の特性だ。そして、それはお前にも当てはまったな』
『スカイベース』でさえ被害が免れない『エネルギーライフル』の射撃を【ダークブルー】は手の平を前に出し、受け止め光を散らす。僅かな“小石”が弾けて落ちて行った。
『挑発するとこちらの確率を超えてくる。学ばせてもらった』
『――上振れても届かないか……』
【ジャンクS】は完全に暗転すると、慣性の法則に従い『スカイベース』の郊外へ。
そのまま、何度か跳ねながら衝撃で機体は大きく損傷。衝撃強度を大きく越え、腕部や脚部が破断すると弾け飛んで行く。
地面を削りつつゆっくり停止すると一つの別荘を破壊してようやく止まった。