第45話 ワイロ……?
『スカイベース』では水の備蓄が必要になったら積乱雲を呼ぶ。そのため、基本的には晴天であった。
「よう、トリエル」
「……ハーケン様」
『スカイタワー』外部にある運動場には様々な器具が存在し、鉄棒もその内の一つである。
通りがかりに柵の外から声をかけたハーケンはは、鉄棒を掴んで何やら苦戦しているトリエルの様子に足を止めた。
無表情の少女――トリエルはガスマスクがトレードマークの女の子である。すると、彼の隣に立つ女性に目を向ける。
「こんにちは、トリエル様」
「誰?」
ハーケンと共にやって来たのはエリングラット家の秘書――ローマであった。
「ハーケン様の秘書をさせて頂いてます、ローマと申します。以後、お見知り置きを」
「ローマ……」
すると、トリエルは近くに置いているポーチから、ごそごそと小さい手帳を取り出すとメモを取り始める。
「なにやってんだ?」
「お父さんが……記録媒体だと埋もれるから……手帳に書きなさい……って」
「ほー、いつからだ?」
「ついさっき」
「見せてくれるか?」
「ん」
トリエルは手渡すと、まだ真新しい手帳の最初のページに彼女視点の人物記録がつけられていた。
・お父さん……カッコいい。優しい。
・レイチェル様……お菓子くれる。優しい。
・ディル……強い。リベンジ1。
・ロートス……レイチェル様のしつじ。強い。リベンジ2。
・リベリオン……弟。いつも一緒。
・ハーケン様……ヒゲ。
・ローマ……性格きつそう。←NEW
「だってよ、ローマ」
「……トリエル様」
「なに?」
ハーケンの返す手帳を受け取りながらトリエルはローマを見る。
「こちらの飴をどうぞ。レモン味です」
「レモン……」
「お好きだと伺っております」
「ワイロ……?」
「…………」
二人のやり取りにハーケンは肩を震わせて笑いを堪える。ローマは少し誤魔化すように胸に手を置き、
「トリエル様、私は性格がキツイのではありません。そのように見えるのはハーケン様の補佐をする上で必要な所作なのです」
「じゃあ……ハーケン様が……だらしない?」
「はい」
「おい」
主人を売るな、とハーケンは心の中で突っ込む。
「なので手帳の修正をお願いします。情報は正しく覚えなければ意味がありません」
「わかった……」
トリエルは手帳に書いた文字を消しゴムで消すと新たに書き直す。
・ハーケン様……ヒゲ。だらしない。
・ローマ……苦労してる人
「……あってる?」
「パーフェクトです」
「おい」
「トリエル」
割り込む声にトリエルは無表情から、パッ、と嬉しそうな表情になると振り向く。そこには仮面をつけた『侯爵』が立っていた。
ハーケンは、よう、と手を挙げ、ローマは会釈。
「お父さん」
「さっきのテストは全部100点だった。勉強謹慎は終わりでいい」
頭を撫でられてトリエルは嬉しそうに目を細める。
「じゃあ……【リベリオン】で……」
「ああ。好きにしなさい。ただし、約束は覚えているな?」
「消えない……壊さない……えっと……」
「迷惑をかけない」
「めーわくをかけない……」
「護れるな?」
「うん」
「お昼までに帰ってきなさい」
その瞬間、ハーケン達の背後に片膝を着いて待機していた【リベリオン】が現れた。
元からそこに待機しており隠密機能を解除したのだ。
漆黒の装甲に赤いアイセンサー。無骨な『機動翼』は何処となく悪魔を連想させる。
「真後ろに居たのかよ……」
「全く……気づきませんでした」
ハーケンとローマが驚いていると、【リベリオン】は意志を持つように腕を持ち上げ、トリエルを乗せるように柵より上に手を差し出す。
「んしょ……」
少しジャンプして手に捕まり、よじ登ると、そのまま引いた手によってコックピットへ運ばれていく。
「ローマ……も来る?」
「良いのですか?」
ローマは『侯爵』に問う。【リベリオン】は『ナンバーズ』の機体の中でも特に秘匿性の高い機体なのだ。
全容を知るのは設計者のレイチェル・アークライトとパイロットのトリエルと全ての権限を持つ『侯爵』だけ。それを『エリングラット家』が関わって良いのか、と。
「構わない。娘に付き合ってくれるか?」
「こっちは勝手にやるから気にすんな」
「わかりました」
ハーケンからも許可が出たので、乗って、と差し出される【リベリオン】手に運ばれてコックピットに入るとハッチが閉まった。
そして立ち上がると、二人に背を向け、フォン……と無音に近い形で飛翔し彼方の上空へ飛行していく。
「あっという間だな。レイチェルはいい機体を作りやがるぜ」
「貴殿の【トリプルタスク】よりは正直だ」
『侯爵』はハーケンの腕前もまた、非凡であると告げる。
「そんで、呼び出しに応じて来たんだが、何の用だ?」
「ハーケン首席。三日前に“ヴァーミリオン”を逃がしたのは貴殿だな?」
その言葉にハーケンは――
「だとしたらどうする?」
冷ややかに笑った。




