第41話 神経反応速度0.05秒
『ドール』は言わば、小型版の『パースロイド』である。
全高170センチ。重量100キロ。
人の生活環境において稼働する際に最も適したステータスとしてその重量と形状で製造された。
基本的には人の行う作業の補佐をする場合が多く、艦内には『キップ・ドール』と『アーミー・ドール』の2タイプが存在する。
『キップ・ドール』は艦内作業や乗組員を把握する事が役割であり、必要であれば乗組員でも追従させ、力仕事などの雑務を任せる場合がある。
だが、『アーミー・ドール』は艦内の治安維持を目的とした機体だった。暴力沙汰を抑え、侵入した敵に対応する為の戦力であり、殺傷武装を搭載している。
普段は艦内の各所にて待機。艦長と副艦長の両方の承認を持って起動し問題を対処する。
『アーミー・ドール』が動き出すと言う事は艦員や人間では対応できない事態が起こった事を意味していた。
艦長――ストラウス・エンブレムより命令……
『敵が侵入したらスリープモードを解除し艦員及び【ライガン】と【ソードオフ】を護れ』
艦内各所に待機する“500機”の『アーミー・ドール』にはその命令を行使する準備が整っている――
「ディン!」
レイチェルは思わず叫ぶ。
『アーミー・ドール』の動きに人間は反応する前に排除される。『スカイベース』でも治安維持の安定した戦力として『公爵』は重宝している。
その一閃がディンを貫いたのだ。
「お前、馬鹿だな」
ディンが至近距離の『アーミー・ドール』に笑いながら告げる。
命を奪う目的の『アーミー・ドール』の一閃にディンは反応していた。ブレードを突き出した腕部を脇を通す様に躱すと、そのまま抱えて腕を絡める様に拘束する。
「俺を捕まえられるのはアニキと姉ちゃんとオーランドのおばちゃんくらいなのに」
『アーミー・ドール』は下がろうとするも、掴まれた腕から出力の起点を抑えられて離れられない。即座にもう片方の手の平をディンに向け、火炎放射を――
バキンッ! とアイカメラにドライバーが叩き込まれた。ディンが工具を急所と考える箇所にぶち込んだのである。
『排除』
破損したモニターではディンの姿は不確かに映っているものの、機体動作に問題は無い。火炎放射が――
「止まんねぇのか」
ディンは拘束する腕を離して火炎放射を避ける。レイチェルの方向へ行かない様に側面へ回りつつ上手く誘導。
『排――』
ゴッ! と次はスパナで火炎放射を向けてくる手首を叩き壊した。破損した事で手の平が塞がり、腕の内部を炎が逆流し燃え上がる。
機体損傷……対象の脅威度“高”――
『アーミー・ドール』は自らの動作速度レベルを最大まで引き上げる。まだ動く腕によるブレードの応酬は生物が反応的ない速度となり、瞬く間に刻まれる――
「お? おお」
ソレをディンは避けていた。
『アーミー・ドール』は首、顔、脇、胸と言った上半身の急所を的確に最速で狙っているにも関わらず、ディンは的確に避け続ける。
「なんだ、お前。結構速いじゃん。でも――」
スパナが『アーミー・ドール』のラッシュの僅かな間隙を突いて頭部に叩き落された。その威力に顔部装甲が歪み、頭部の一部がひしゃげる。
その損傷に『アーミー・ドール』は一瞬、停止。
その“一瞬”にディンはアイカメラに突き刺したドライバーを引き抜くと、スパナを両手で持つと頭部を横から振りぬいて殴打。顔部装甲の一部が壊れ飛ぶ。
『排ジジジョ――』
「あーはいはい。わかったわかった」
勢い良く振りかぶったディンはそのまま全体重を乗せたスパナの振り下ろしを叩きつけ頭部を完全に破壊し凹ませる。『アーミー・ドール』はバチチ……と音を立てて膝をつくと、アイカメラから光が消え項垂れる様に停止した。
「なんだ。こんなモンか。レイ姉、怪我ない?」
「ディン! まだ――」
一瞬、目を離した瞬間、『アーミー・ドール』は一挙動を行った。腕を突き出すように片膝で立ち上がるとディンの胸を狙ってブレードを――
「お前さ、まだ分かんないのかよ」
その一閃をディンは、ヒョイ、と半身になって安々と躱す。
「全部遅すぎるんだって」
ディンはスパナを両手で持ち直すと、勢い良く『アーミー・ドール』の後頭部に振り抜く。その頭部は胴体より離れる様に千切れ飛んで行った。
『任ンン……侵ニュニュ……増援……ヨヨヨ――』
そんな音声が聞こえる頭部を遠くに、身体は前のめりに倒れると完全に沈黙する。
「これで死んだっしょ」
「ディン、大丈夫?」
レイチェルは頬や胸元に僅かな切り傷が残るディンに歩み寄る。
「平気平気。レイ姉の方は? ケガない?」
「私は大丈夫よ。ディン、一つ聞いて良い?」
「なに?」
ディンは使った工具を腰につるした工具差しに戻しながら応じる。
「貴女、身体的な特殊技能があるの?」
「? なんで?」
「古いタイプとは言え、『アーミー・ドール』を圧倒するなんて普通はあり得ないの」
素人目のレイチェルにもディンの動きに達人性は感じられなかった。にも関わらず、『アーミー・ドール』を一方的に下した実力は秘密があると感じている。
「いやー、俺さ。集中すると自分だけ速く動けるんだよねー」
「速く動ける?」
「そーそー。リー先生は――あ、リー先生ってのは医者ね。先生は俺の神経反応速度は最大0.05秒って言ってた」
「0.05秒……」
「そー。でも、アニキとか姉ちゃんも0.08秒くらいだよ? 俺は二人よりもちょっと速いだけ」
ディンは笑いながら軽く言っているが、レイチェルとしては驚きを隠せない。
「『フードブック』は……凄い家族ね」
「あはは。照れるなー。こう言う喧嘩には役に立つけど、『パースロイド』戦じゃ機体の反応が遅すぎてあんまり役に立たないんだよねー。アニキも枷をつけられるみたいって、いつも言ってる」
この世界でフードブックの三人はかなりの速度で生きている故に【ジャンク】はかなりピーキーな操作性になっているのだろう。
「二人とも無事?」
「アニキ!」
すると、『アーミー・ドール』の頭部を持ったヴァンが駆け寄って合流した。




