第37話 ディンは落ちません
【ジャンク】は崖に出来た僅かな凹みを掴み、全身を無駄なくスムーズに駆動させて難なく登っていく。
「ディン、僕たちの事はあまり意識しなくて良いから機体を確実に登らせるようにね」
『マジでちゃんと捕まっててくれよなー』
肩部から背部に移動したヴァンとレイチェルは、リズムよくクライミングして行く【ジャンク】の揺れに身を任せながら設けられた突起に捕まる。
「……ヴァン、これ落ちたら――」
「まぁ、死にますね」
レイチェルは自分たちの命は完全に【ジャンク】に委ねられている事に緊張を禁じ得ない。
「大丈夫ですよ。ディンは落ちません」
「信用は……してるけど……」
思わず下を見る。既にかなりの高さまで登っており、降りることは不可能。となりにはエレベーターを建造する為のワイヤーが降りているものの、【ジャンク】を支えられる程の強度は無いだろう。
「レイチェルさんって高所恐怖症でしたか?」
「違うけど……命綱も無しに登るのは不安で仕方ないだけよ」
「パイロットがディンじゃなかったら、エレベーターが出来るまで『戦艦』の調査はしなかったんてすよ。だから信用してください」
ヴァンは怯える様子もなく平然としている。心からディンの腕前を信用しているのだろう。
「貴方達はいつもこんな感じなの?」
「そうですよ。手間も時間も省略できるなら可能な限りやる感じです。特に『戦艦』はレイチェルさんが思ってるよりもずっと危険なので、リグ姉さんは早めにその安全性を確保したいんだと思います」
「そうなの?」
『前に見つけた『戦艦』は第2区画でさー。変な音がするって潜って確認したら、爆発寸前だったんだよね』
「爆発……」
「何らかの形で起動した『エルギーバッテリー』が不具合を起こしていたのか安定せずにエネルギーを作り続けてたんです。幸い、炸裂する前に起爆させたので被害はメガロドン5匹くらいでしたよ」
『フカヒレパーティー、美味かったなぁ』
「メガロドン? 第2区画は水中なの?」
その時、【ジャンク】の掴んだ先が崩れて機体のが崖から離れる様に半身に開く。
「ディン、登るのに集中しなって」
『ごめんごめん』
「…………」
不意に投げ出されたレイチェルは、咄嗟にヴァンが腕を掴んだ事で宙吊り状態。思わず言葉を失う。
【ジャンク】は腕のワイヤーアンカーを崖に打ち込み、巻き戻す事で再び崖にしがみついた。
機体の体勢が戻った事でヴァンはレイチェルを引き上げる。
「もう少しで上に着きますから。レイチェルさん、しがみつかなくても大丈夫ですよ」
「少しでも安心したいの」
次からは安全帯くらいは用意しようと、レイチェルは心に誓った。
崖上で泊まり込みで作業していた者たちは崖下から、グォッ! と上がってきた【ジャンク】へ視線を向けた。
背部に乗っていたヴァンはそのまま【ジャンク】を伝って崖上に上がる。レイチェルも同じ様に安心できる足場に上がったが、安堵から少し膝が崩れた。
『レイ姉。大丈夫?』
「大丈夫よ……少しだけ安全という実感をちょうだい……」
ディンが崖上に【ジャンク】を上げつつ、レイチェルを心配する様子を後ろ目に、ヴァンは作業前に一息ついている者たちへ歩み寄る。
「おはようございます、ボルさん」
「おう」
火を囲ってコーヒーを飲む筋骨隆々の強面集団のキャンプの中で、比率的に小柄に見える初老の男――ボルスティンに挨拶をした。
キャンプには無線や作業道具が置かれ、少し掘り出したのかレアメタルも箱三つ分採掘されていた。
「リグから聞いてる。あの鉄屑を何とかしてくれんだろ?」
ボルスティンは、ピッ、と親指で近くにある『戦艦』の外装扉を指さした。無理やりこじ開けた様子である。
「色々と調べます。金が出たって聞きましたけどそれ以降、内部は調査しました?」
「隔壁に引っかかった。船体が歪んでるのか開かん」
「バーナーで穴は開けなかったんです?」
「やろうとしたが、さっき内部から変な音が聞こえて来やがってな。リグには連絡したが入れ違いになったか」
リグレットがエレベーターの完成を待たずに自分たちを派遣した理由はそこにあったようだ。
「ここは第2区画とは違うからな。それに目測だが、この『戦艦』は相当デカい。アレを見ろ」
ボルスティンは、くいっ、と顎を動かすと、その先には木箱に立てかけた『戦艦』の見取り図看板があった。どうやら艦内で壁にかかっているのを見つけて、外して来たらしい。
「居住区も含めて艦内区画は八つも分かれてるんですか」
「格納庫は船底じゃなくて艦の前方だ。『パースロイド』の出撃用カタパルトがある」
ボルスティンはコーヒーを片手にヴァンに並んで覗き込んだ。
「この大きさなら……戦線へ出ていたんでしょうか?」
「だとしても通路を見る限り、内部に戦闘の痕跡は無ぇ」
「つまり?」
「多分だが『戦艦』は戦線に入る前にここに埋まった。どうやって埋まったのは全く分かんねぇが、少なくとも当時の物資がほぼ無傷で残ってる可能性が高い」
『アンダー』にとっては宝船の様なモノだ。しかし、
「艦内の電灯がついてる。防衛システムが機能している可能性も高い」
「入った時からついてました?」
「入った途端についた。おかげでライトは要らんかったが……よくわかんねぇ音も聞こえるとなると、内部には近づきたくねぇな」
「音が鳴ってる方向はわかりますか?」
「多分……ここだ」
見取り図を指が滑り、『戦艦』の後方――動力部を指差す。ボルスティンは長年の採掘経験から、鉱石を打ちつけた音でその種類を判別できる程に聴覚が秀でている。
音の出どころを損なう事は無い。
「『ウォーターバック』に近いパターンですね」
『ウォーターバック』は先ほどレイチェルとの話題で出た“第2区画”で爆発した『戦艦』のことである。
「この規模の『戦艦』が爆発したら『アンダー』の半分が崩落で終わるぞ」
「すぐに調べます」




