第35話 反抗期は皆無です
ここに5の重さがあるとする。
日常的に3の重さを使ってる者は急に5の重さを振り回すには苦労するだろう。
しかし、一時的に10の重さを振り回したら、あら不思議。5の重さが軽く思えちゃう!
つまり、上限を振り切るとはそう言う事だ!
自分で言ってても意味わかんない……
「あ、あの……レイチェルさん?」
「…………」
レイチェルさんは僕の頬を触って、目が合ったまま動かない。その瞳はまるで整った大地で大切に育てられた綺麗な花のように濁りがなかった。
僕にとって目を合わせると言う行為は相手の心を探る行為だったから、大半が敵意を向けられる。
だから……こうやって、それ以外の意図が含まれた瞳を家族以外から向けられるのはあまり……慣れてない。
でも、その綺麗なモノをずっと見てみたいと言う衝動にも駆られて不思議と眼は反らせなかった。
「やっぱり……ダメね」
レイチェルさんは僕の頬から手を離すと、正面に向き直り、両手で顔を覆った。
「レイチェルさ――」
「ごめんなさい、ヴァン。凄く恥ずかしいの……少しだけ……インターバルをちょうだい」
「あ、ど、どうぞ、どうぞ!」
僕も正面を向く。どこか、理性というモノが失われそうだった。それは野蛮なモノじゃなくて、もっと綺麗なモノを見ていたいと言う欲求に近かったのだ。
レイチェルさんは綺麗だ。これは自分の中できちんと認めるべき事実であり、僕にとって彼女は――
「――あ、そっか……」
この心の欲求は、始めて【ジャンクS】で大空を飛んだ時の景色を見た時と同じだ。
『アンダー』で生き続けるなら、決して座る事の出来ない空の特等席。大地から離れて技術だけで大空を舞った時、僕は始めて世界の美しさに心を奪われたんだ。
そこには何の隔てもない“自由”があって……人類が進化の果てに空を目指した理由が分かった気がしたのだ。
だから僕はナワさんに言われた時に、咄嗟にレイチェルさんの事を誰にも渡したくないって思ったのかも。
酷い自己中もあったモノだ。この事は心の中に仕舞っておこう。
「…………」
レイチェルさんはまだ落ち着かないのか、少し前屈みに顔を覆ったままだ。あまり見ないように――
「――――」
あ……マズイ。嫌な考えが脳に過った。いやいや……この感性は普通じゃない……レイチェルさんのうなじが凄く魅力的に見えるなんて――
「……ふー、ごめんなさい。少し落ち着いたわ」
「あ! そ、そうですか! なんか……すみません……」
「ふふ。なんで謝るの?」
なんか変な空気になったけど、上限は振り切れたみたいだ。
「明日のことなのだけど。どっちが【ジャンク】を操縦するの?」
「アレはディンの機体なので基本的には妹に任せますよ。僕とレイチェルさんは『戦艦』内部の調査員ってトコです」
場にも慣れた(慣れるべきではないのだけれど……)ので私はヴァンと明日のことに関して少し話を詰める事にした。
「そう。私個人としても興味があったからありがたいわ」
「リグ姉さんの考えとしましては、可能な限り無傷で格納庫に到達したいんだと思います。前に『戦艦』を調査した時は、まだ防衛システムの一部が生きてまして、何人か死傷者が出たんです」
「! そうなのね……そっか。艦内は戦闘警戒状態のままだから――」
戦争でそのまま沈んだとなると、敵を迎撃するシステムはまだ稼働したままの可能性が高い。
特にエルギーバッテリーで動いているのなら、駆動系に問題が起きない限りは、半永久的に稼働するだろう。
「なのでリグ姉さんはレイチェルさんに可能な限り、正式な手順で扉を開けて欲しいんだと思います」
「正直……そっち方面での期待には応えられないかもしれないわね。私の専門は『パースロイド』の設計と整備で施設設定に関しては専門外だから」
「僕たちとしては『アンダーラウンダー』からじゃ気づけない視点が欲しいんです。リグ姉さんはレイチェルさんが浴場の『ボルック』を直した事でその視点を持ってると判断したんですよ」
「アレは……私の始まりだったからよ。大した事じゃないわ」
「十分、大した事ですよ。おかげで僕たちの暮らしが少し楽になりましたし」
「……そう。それならよかったわ」
私の設計したモノ、作ったモノが誰かの役に立つ。技術者としてこれほど嬉しい事はない。
「だから明日は各々で出来る事をしましょう。でも命は賭けないほうで」
「ええ。そうね」
最初は恥ずかしかったけど、明日を迎える前にヴァンと話せた事で改めて自分に出来る事を見直せた気がする。
そう言えば――
「ヴァン、一つ聞いても良い?」
「なんです?」
「貴方、私を連れ出す時にアイスが作れるか聞いたわよね? アレは何故?」
「あー、忙しくてすっかり忘れてました……実は妹がアイス好きでして」
やれやれ、と申し訳なさそうに嘆息を吐くヴァンに私は思わず、くすり、とした。
「良いお兄さんね」
「おかげで反抗期は皆無です」
見る限りでも、ディンはヴァンの事を強く慕っている様に見える。そんな妹の事が兄は可愛いのだろう。
「……ヴァンは身体を治療しようと思わないの?」
私はふと、ヴァンの『小人病』に関して尋ねた。これは精神的な事が強く作用しており、幸せそうなヴァンが未だに患っている事が不思議なくらいだ。
「まぁ……ディンに背後から持ち上げられるのは嫌悪感ありますが、この身体は意外と便利なんですよ」
「そうなの?」
「採掘や整備の仕事じゃ、狭いとこに入ったり手を入れたりする必要があるので小柄な方が色々と楽なんです」
明日はその真価を見せますよ、とヴァンは笑う。
私は、期待するわね、と言ってその話題は切った。
何故彼が『小人病』を患ってしまったのか。ソレを聞くことはタブーだと思ったからだ。
「そろそろ上がりますか。レイチェルさん、お先にどうぞ」
「ええ。ありがと――っ」
「っ! 危ない!」
「――――」
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……少し湯に当たり過ぎたわ……立ち眩みが――」
「あ……す、すみませんっ!」
「気にしなくていいわ。助けてくれたんでしょ? 胸の一つくらい触られても――」
「って!? 危っ! 完全にのぼせてますね……」
「……急に動くとダメね……」
「脱衣場まで運びますので、そこで休んでてください。僕も着替えたらリグ姉さんかディンを呼んでくるので」
「……結局、全部見られちゃったわね」
「……僕までのぼせるので……そう言う事は控えてくれません?」
「胸も触られたし……」
「レイチェルさん!」
「ふふ。道連れには出来ないかぁ」
「ここでの共倒れは一番マヌケですよ……」




