第30話 ヴァンへの依頼
『廃墟都市アンダー』と『地上都市ハブライン』をつなぐ大型エレベーターは“第1区画”に存在する。
『アンダー』の大まかな地図を見た場合、6つの区画に分かれていると言う事実だけは揺るぐ事はない。
“第1区画”を中心に置き、周囲へ4つの区画が存在。更に下の階層に“第6区画”が存在する。
故に地上との大型エレベーターが繋がる“第1区画”は『廃墟都市アンダー』の心臓部であり、各区画で収集したモノを地上へ運送する事からも、『ノーマルラウンダー』が“地上では難しい商売”の場としても使われる。
『ノーマルラウンダー』は基本的には“第1区画”しか徘徊せず、他の区画へ行く場合は殆どない。もし、行く場合はその区画の出身者のナビが必須となる。
それは何故か? 無論、道案内が最もな理由であるが、本来は区画ごとのルールを侵さない為であった。
部外者が起因となり区画間の摩擦が大きくなる事案は過去に度々発生しており、各区画の統括者はソレによる不利益を嫌う。
知らぬ存ぜずで“第6区画”での“処理”で済ませる事もあり、『アンダー』で行方不明になると死体さえも地上へは帰らないのだ。
そうならない為にも“第1区画”を取り仕切る、アダム・ジョー(通称A.J)は自分ともう一人の二枚看板で来訪者への対応を行なっている。
その片割れが“第1区画”に居を構える斡旋屋――『砂埃の館』の主、ペルディタ・サレムであった。
「よく来てくれたねヴァンの坊や、ディンのお嬢ちゃん」
「ちょくちょくペルディタさんのトコには顔を出しとけって姉さんから言われてまして」
「ペディ姉、このばーむくーへんってお菓子……めっちゃ美味い!」
次の日、ヴァンとディンは『砂埃の館』の主――ペルディタと向かい合って座っていた。
『砂埃の館』は所狭しと並ぶ建物の間の狭い隙間を進んだ先に入り口が存在する。基本的には紹介制であり、それ以外の窓口は開いていない。
「アニキ……食べないなら貰っていい?」
「いいよ。食べな」
「わーい♪」
室内は綺麗で幻想的な装飾品が多々置かれており、床もカーペットによる色彩が不思議な空間を演出している。その物珍しい様子はディンとしては好きだった。
「ふふ。相変わらずだね。2人とも」
妖艶な雰囲気で頬に手を当るペルディタはテーブルを挟んでソファーに座るフードブック兄妹の様子を微笑ましいモノとして見る。
「ヴァンの坊や。『スカイベース』では大変な目に遭ったようだね」
『スカイベース』への侵入と脱出劇は誰にも話していない。にも関わらず、ペルディタの耳には既に入っている様だ。
「まぁ……疲れましたよ」
「ふふ。“アークライト”のお嬢ちゃんを連れて来るなんて相当な事件さ」
正直、ヴァンは驚かない。『アンダー』でペルディタ相手に隠し事をするなど不可能であると知っているからだ。
「その件に関して交渉しに来たんですが、僕達の持つ手札で釣り合うモノあります?」
「と、言うと。レイチェル・アークライトに関しての情報は蓋をしろと?」
「そう言う事になります。少なくとも彼女が自分から“帰る”と言わない限りは」
ふむ……とペルディタは座るソファーに深く体重を預けて足を組む。
「それなら一つ仕事を頼みたい。それで譲歩しようじゃないか」
すると、いつの間にかペルディタの手には一つの写真が存在していた。ソレがスッ……とテーブルに置かれる。
写っているのは一人の男。顔に半月を象ったタトゥーが特徴的である。しかし、そのタトゥーはある組織のモノだった。
「『サイフォスの月』の構成員ですか?」
それは数年前に壊滅されたとされるテロ組織のモノだ。
「元、だよ。名前はマルザ・フォッカー。『ノーマルラウンダー』で、“第3区”の元締めであるバッカスの親友の息子だそうだ」
“第3区画”は採掘物の加工などが行われる為に、ノルマ外で他の区画に頼まれた部品などが作る事も多々ある。その為、出どころが分からない武器の製造元であると噂されていた。
そこの統括者である“バッカス”はたまに『フードブック銭湯』にやってくる事もあり、その繋がりからフードブック家とは仲が良い。
「ヴァンの坊や、コイツが二度と大手を振って歩けない様に痛めつけて欲しいのさ」
ペルディタの言葉にディンも横から、なになに? とマルザの写真を覗く。しかし、ヴァンは写真を手に取ることも無く、
「各区画の揉め事は区画間同士で収めるのがルールのハズです」
今回の場合は“第1区画”と“第3区画”で収める案件だ。他の区画が首を突っ込むと事態がややこしくなる事は目に見えてる。
「内容も聞かずに、フらないでおくれよヴァンの坊や。何も根拠がなく坊やに頼むワケじゃないのさ」
と、ペルディタは人差し指、中指、薬指を持ち上げて告げる。
「ヴァンの坊やに頼む理由は三つ。一つは今回の件は“第3区画”の統括者の身内が関わる話だからね。有力な証言なしに消すワケには行かないのさ」
「二つ目は?」
「ヤツは“第1区画”で活動してる。そしてここは『ノーマルラウンド』とも距離が近いからね。地上に逃げられたら流石に追い切れない」
「ふーん」
「それで三つ目は一番の理由なんだけど……ヴァンの坊や。マルザに対抗できる男は、坊や以外に心当たりが無いからだよ」
ディンもヴァンが何も言わない様子に黙って成り行きを見守る。
「ペルディタさん。貴女とは長い付き合いですし、色々と助けて貰ってますけどこの件は無理です」
「私もね。出来ることなら“ジャバウォック”に頼みたくはないさ。でもね――」
「あんたが“ジャバウォック”なのか!?」
と、室内の奥に居たのか浮浪者の少年が場に入って来た。
「トーイ」
「あ……」
聞き耳を立てて居たのだろう。思わず飛び出してきた少年――トーイはペルディタの一言で押し黙る。
「ヴァンの坊や、この子は――」
「一人ですか?」
「え?」
ヴァンはトーイに問う。
「君は一人?」
「…………弟妹が居る。血の繋がりは……無いけど……」
ストリートチルドレン。トーイは親の居ない浮浪者少年のグループの一人であるらしい。
俯くトーイは体中が傷だらけで、明らかに人為的に傷つけられたモノだった。
「……やれやれ。ペルディタさん、取りあえず……そのマザー・◯ァッカーって人はどんなヤツなんですか?」
「マルザ・フォッカーだよ」
ペルディタはヴァンが興味を持った事に少し微笑みながら今回の内情を語る。




