第26話 召使いの仕事ってこと?
「あの建物が貴方の家?」
「『フードブック銭湯』です。『アンダー』では二軒しか無い銭湯施設ですよ」
『飛行機関』により、ほぼ無音で飛行する【ゼノス】を『アンダー』の作業員達は物珍しげに見上げた。
しかし、ソレが『フードブック銭湯』へ向かっていると解ると、特に気にせず各々の職場へと移動していく。
その作業員たちに混ざるように『ボルック』が“ゴミ、クレー”とコロコロ転がっている。
「あの転がってる機械は何?」
「『ボルック』です。大きい金属片や作業員の方が落とすゴミを拾ってるんですよ。皆が通る道は重機も平然と通りますから」
見る限り『アンダー』の道はコンクリートで舗装されたモノではなく、全て土砂の積み上げである。その為、柵のようなモノは一切なく、踏み固めてあっても安全とは言い難い。
「! 『パースロイド』があるわね」
レイチェルは遠くで鉄骨を背負って岩盤の崖を登っている『パースロイド』を見つけた。
重量を支えるために太く補強された脚部は岩盤にアンカーを打ち付けながら少しずつ登っている。
「あれば昔の機体を再利用してるんですよ。名前は【ジャンクC】です」
「【ジャンクC】?」
「崖登り専門の【ジャンク】シリーズです。Cはクライマーって意味です。あっちにエレベーター作るんだ……って事はレアメタルの鉱脈でも見つけたのかな?」
ヴァンはあの先は調査をするとだけ聞いていたので、自分が『スカイベース』に行ってる間に結果が出た可能性を悟る。
「昔の機体を流用って……『アンダーラウンド』に『パースロイド』があるなんて始めて聞いたわ」
「掘り進むとたまに出てくるんです。前なんて巨大な戦艦みたいなモノを掘り当てましたよ」
「戦艦!? 地下に!? なぜ!?」
「いや……僕に聞かれても……。色々調べた結果、完全に機能は停止してたみたいですけど、使えそうなパーツはバラして『アンダー』の各所で使ってます。中には『パースロイド』がありまして、【ジャンク】シリーズはソレを動くように改良したモノです」
「ホントに……」
これは人類史上における最大の発見ではないのか?
恐らくは……過去にあった終焉戦争の遺物だろう。『スカイベース』のデータでさえ、断片的なな記録しか残らないほどに世界が末期を迎えたとされる戦争だ。
「ヴァン、ここって地上から何メートルの位置なの?」
「詳しくは分かりませんが……1000メートル以上は下ですよ。大型エレベーターを利用するには500メートル以上は上らないと行けませんし」
それ程の地下深くに終焉戦争の機械があるなんて……
「技術申告はしたの?」
「しませんよ。どうせ地上ではガラクタも同然でしょう? ただでさえ『アンダー』では手作業も多いですし、技術支援も殆どないんですから、こっちで少しでも労働の負担を減らす為に使いますよ」
「……そう」
確かに『スカイベース』では『アンダーラウンド』に対する技術支援は行われていない。そんな情勢の中、『ノーマルラウンダー』が『アンダー』へ支援をする事はまず無いと言っても良いだろう。
「暗黙の了解みたいなモノです。『ノーマルラウンダー』は資源が多く取れて嬉しいですし、『アンダーラウンダー』は安全と作業の効率化が出来て嬉しい。そんな中、下手に技術を搾取するとなれば手間もかかりますし鉱石の採掘率も落ちます。『ハイラウンダー』に関してはこっちの事を歯牙にもかけてないので」
「でも、貴方は『スカイベース』に来てたわよね?」
「人間、誰しも“欲”はありますよ。特に“飛べる翼”を提供されたら誰でも、挑戦くらいはすると思います」
“飛べる翼”。そう仄めかすヴァンの言葉は、内通者からの提供を指すのだとレイチェルは気がつく。
「ヴァン、貴方の言う内通者って……『ハイラウンダー』の事かしら?」
「…………」
「ヴァン?」
レイチェルはヴァンが【ゼノス】を空中停止させている事に気がつく。見ると、彼はモニターに拡大した一人の女性を見てダラダラと汗を流していた。
「……あー、まぁ……でも……隠滅は完璧だし……うん……」
モニターに映る女性は怪訝そうな顔で指を下方向に向けて、降りろ、と言っている様だった。ヴァンはそれに従う様に【ゼノス】をゆっくりと降下させ、片膝を着く姿勢で着地する。
「ふー、レイチェルさん」
「何かしら?」
「絶対にあの女性には逆らわないでください」
「え、ええ……わかったわ」
覚悟を決めた様なヴァンは【ゼノス】のコックピットハッチを開くと外に出る。
降りやすいように【ゼノス】の膝部位置を調整した着地の為、ヴァンは問題なく降りるとレイチェルもソレを真似するようにコックピットから降りる。
「えっと……ただい――」
ヴァンが愛想笑いを含めた挨拶を中断するように女性は肩を張って近づいてくるとゲンコツを振り下ろした。
「お・か・え・り・な・さ! い!」
ゴォン!! と岩の上に岩を落とした様な音が響き、ヴァンは地面にめり込む様に強制的に沈黙。殴られた箇所にはタンコブができ、しゅぅぅう……と湯気が立ち上った。
その視線は次にギラリッ! とレイチェルへ向けられる。
「わ、私はレイチェル・アークライトと申します! そちらの方――ヴァーミリオンさんに頼んで連れてきて貰いました!!」
思わず畏まって挨拶をすると、女性はレイチェルへ近づき――
「貴女……『ハイラウンダー』でしょ?」
「は、はい! そうです!」
「『主席』一族の“アークライト”が『アンダー』の状況を嗅ぎつけたってわけ?」
「わ、私は個人の希望で! ヴァーミリオンさんに連れてもらう事をお願いしたんです!」
「ふーん」
と、女性は腕を組んでレイチェルを品定めするように見る。
「私はリグレット・フードブックよ。この4区画の管理をしてるわ。そこで地面とキスしてるアホの姉よ」
リグレットは、ピッ、と親指で尻を突き出して気を失っているヴァンを指す。
「言っとくけど、一度落ちたら『アンダー』からは上がれないわ。ここでの生き方はとにかく働くこと。サボったりする奴はもれなく村八分よ。6区画でゴミ掃除漁りして、病死する生き方になるわ」
冗談は欠片もない瞳。ソレが行使できる権力を持つ故にその言葉にも力がある。
それはレイチェルからすれば慣れた場面だった。そう言う力強さは『主席』一族の者として受け止める器量がある。
「私は『パースロイド』の設計技師をしています。機体を改良した経験もありますのでそれに殉じた仕事ならば、リグレットさんの期待以上に応えられると思います」
「言うわね。それなら、早速仕事をしてもらうわ」
そう言って、リグレットは踵を返すとそれに釣られてレイチェルの視線も洞窟格納庫へ向く。
そこには【ジャンクS】が片腕を失った状態で佇んでいた。
「この機体を整備すれば?」
「アナタ、何言ってるの?」
と、レイチェルは飛んできたTシャツと短パンをキャッチし、最後に飛んできた長ブラシを危なげなく受け取る。
「私の妹が風呂掃除をしてるわ。着替えて、手伝って来なさい」
「え……?」
「聞こえなかった? それとも、風呂掃除なんて召使いの仕事ってこと?」
とっととやれ、と言いたげにギラつく眼を向けられレイチェル慌てて、
「い、いえ! わ、わかりました!」
「適当な影で着替えなさい」
そのリグレットの言葉を背に受け、渡された服と長ブラシを持って室内へ走っていく。




