第1話 紅茶を頼んだら運ばれてくる人生
例えば紅茶を飲みたいと思ったら、私の場合はソレを望めば執事が運んで来てくれる。
『なんだコイツらは!?』
『レイド5、レイド4! ヤツらの機動に付き合うな! 寄せ集めの機体だ! 勝手に熱暴走で――』
『! 隊長!?』
『隊長ー!』
雲一つない青空の下で、さざ波のような風の中で本を読んでいれば、そこへ紅茶が運ばれてくる。
『貴様ァ!』
『フォーメーションを取れ! このままだと『スカイベース』に――』
『! クソ! レイド3が殺られた!』
『ゴミの塊の分際で!』
何一つ不自由はない。それが私の人生であり――
『やっとこっちから通信繋がった。君たちさ、本当に『ハイラウンダー』? 僕らよりも三周りくらい良い機体に乗ってるのに弱すぎるよ』
『しょうがないじゃんアニキ。コイツら訓練ばっからしいし。機体性能ばっかの案山子は堕ちてヨロ』
『クソ……クソクソクソクソォォォ!! この『アンダーラウンダー』共がぁぁ』
『口調も、僕の知る人間の中じゃかなり低俗な方だなぁ。ま、元から上品だとは思ってないけど』
『俺もー』
“第76小隊全滅。『アンノウン』二機が『スカイベース』へ接近。“技術”の簒奪が目的と思われます”
“ワタシが出撃よう”
“『ナンバーズ01』の出撃を許可。搭乗者を捕らえてください。“過剰技術”が使われています。首謀者となる『アンダーラウンダー』の情報が必要になります”
“委細了解”
生まれから死ぬまで変わることのない日常となる。そして、“彼”との出会いが世界の全てを変えて行く事を私はまだ知らなかった。
世界は『ハイラウンダー』に管理され、“三つの段階”に分けた技術が世界には存在していた。
『ハイラウンド』
『ノーマルラウンド』
『アンダーラウンド』
『ハイラウンド』は世界のあらゆる技術でも最高峰のモノの事を指し、その全ては『天空首都スカイベース』にて保全、管理、行使されている。
『ノーマルラウンド』は一般的に地上を移動、生活するのに必要最低限の技術。主に蒸気機関の利用が許されており、資源採掘や食料品の生産が『ノーマルラウンダー』の仕事である。
『アンダーラウンダー』は『ノーマルラウンダー』よりも底辺の者達。使う事が許されている技術は火や竿と言った原始的な物ばかりであり、世界各地で底辺格差の対象として忌み嫌われている。
そんな技術の中でも『ハイラウンド』のみが保有する最高峰の技術である『AI』と『人型戦機』は大きな争いを完全に停止させる程の力を持ち、地上は『天空首都スカイベース』の管理下にあった。
『『パースロイド』基礎開発新書』。そうタイトルの書かれた本を私は閉じる。
「お嬢様。レモンティーです。程よい甘みは脳の回復を助けますよ」
「ありがとう、ロートス」
本を横に執事のロートスが淹れたレモンティーを啜る。風は絶えず私達を撫でる。それが『スカイベース』に住まう私達の“当然”なのだ。
「……ふぅ。何も変わらない日々ね。本当に息が詰まりそうよ」
「お嬢様……心境は私にも解ります。お嬢様がその様に考える事が出来ますのは、旦那様と奥様の尽力でアークライト家が『スカイベース』の首席一族であると言う事を忘れてはなりません」
「それは夢に出る程聞いたわ。御父様と御母様には感謝してる。会った事もないお祖父様にもお祖母様にも、曾お祖父様にも曾お祖母様にもね。私は全部全部、積み上げたモノの上に生まれて座ってるだけよ」
「息が詰まるのもわかります。しかし、『アンダーラウンド』に行けば嫌でも今の言葉が失言であると理解できるでしょう」
唐突に凄みを増すロートスに私は嘆息を吐く。
「なら、私を『アンダーラウンド』に連れて行きなさい。この生意気な価値観を変えてちょうだいな」
「なりません! あのような場所はお嬢様が息をする事さえも許されざる場所ですぞ! このロートスの目が見える内は決して行かせませぬ!」
「あー、はいはい。わかったわかった。諦めるわよ」
学生だった頃、資料や映像で『アンダーラウンド』は観たことがある。観ている同級生達は悲鳴を上げたり、目を覆ったり、嗤ったりしていたが、私はそのどれでも無かった。
何故、悲鳴を上げるのか? 何故目を覆うのか? 何故嗤うのか? それが理解出来なかった。
だって、あの映像の向こうに居るのは私達と同じ人でしょう? 生まれた所が違うだけで何故これ程までに格差があるのか。
しかし、その答えもきちんと提示されている。だから私は変わらない日常からリスクを取る生活をしない。
「! 緊急速報!?」
ロートスが近くの端末から鳴り響くソレに反応する。その時、サイレンが鳴り響いた。
それは『スカイベース』では初めてだったかもしれない。そして次の瞬間、平穏な空を切り裂く様に二機の『パースロイド』が高速で移動しながら何度も交わるように火花を散らし、『スカイベース』の中心へ飛行していく。
「――――」
私はその『パースロイド』の片方を見て思わず笑っていた。だって、ソレは子供が工作で貼り付けた様な継ぎ接ぎの様な機体だったから――
「なぜ、その機体で空を飛べるの?」
全く理屈が分からない。
しかも、『スカイベース』における技術の結晶とも呼べる『AI』――『ナンバーズ01』と張り合っているのだから……笑わずにはいられない。
ソレは『ハイラウンド』の定義を大きく揺るがす程の事実として『ハイラウンダー』達へ突きつけていた。
「お嬢様! シェルターに避難しますよ! ここは危険――」
ロートスと共に移動するよりも早く、その攻防は終わった。
機体性能と人とAIの差。『ナンバーズ』の機体は継ぎ接ぎの機体を都心部から比較的被害の少ない郊外へ墜落する様に迎撃し、ソレは――
「っ! お嬢様!」
ロートスが私を庇う。
目の前の別荘を潰し壊す様に仰向けで停止した。