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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怖い話を集めました

海辺の友達

母が倒れたのは、冬の終わりだった。

熱を出し、咳をして、病院に行った。そしてしばらく帰ってこなかった。

その間、僕は海辺の町にある親戚の家に預けられた。

親戚といっても、母の従姉妹らしいけれど、僕にとっては見知らぬ他人と変わらなかった。

あちらから見た僕もそうだっただろう。

広い家だったけれど、居場所はなかった。

居間で一緒にテレビを見ていると

「こんなの面白くないでしょ。無理して見なくてもいいのよ」

勉強をしていると

「面白いテレビなのに見ないの?」などと言われてその場にいたくなくなる。

食事のときだけは何も言われなかったけど、僕の皿に盛られる量はいつも他の子より少なかった。


いとこたちは僕と歳が近かったけど、仲良くはなれなかった。

「来年、あの中学行くんだ」「ふーん」

「やっぱ私立に行く人は違うな」


だから僕は、毎日一人で海へ行った。

町外れの堤防を越えて、少し歩くと、観光客も来ない静かな浜に出る。

そこは波の音しかなくて、誰も僕のことを怒らなかった。


ある日、打ち上げられた白い石を拾った。

まるで彫刻のように滑らかで、表面にはうずまきの模様が浮き上がっていた。


「それ、僕の」


声がして振り返ると、男の子が立っていた。僕と同じくらいの年。

でも、何かが変だった。色が薄いというか、輪郭が曖昧というか。水に映った影みたいだった。


「綺麗だから拾ってみただけだよ」


「ありがと。君、名前は?」


僕は名前を名乗った。けれど、彼は自分の名前を言わなかった。

「じゃあ、また明日」とだけ言って、波のほうに消えていった。


それから僕たちは毎日のように会った。

彼と話すのは不思議だった。彼の声は風のように軽く、でも、耳に残る。

「浜の上には行けないんだ」

「どうして?」

「足が、届かない。まだ」


見ると、彼の足はぼんやりとしか見えなかった。まるで、水の中の足を見ているようだった。


「手伝ってくれない? ちょっとだけでいいから」


「手伝うよ」


僕は迷わず答えた。ここで初めて出来た友達だったから。


その夜、親戚の家のペットの鳥が死んだ。

羽が濡れていて、籠の中に小さな水たまりができていた。


次の日、彼にその話をすると、彼は嬉しそうに笑った。

「ありがとう。すこしだけ、力が戻ったみたい」


その日から、奇妙なことが続いた。

いとこが育てていたカブトムシが、ケースの中で裏返って死んでいた。

隣の家の猫が、夜中に鳴き声をあげて朝には冷たくなっていた。


ある日、町の通りで、僕は見た。

彼が道の向こうに立って、こっちに手を振っていた。

でも、車の間から覗くその姿は、まるで陽炎のように揺れていた。

そして、彼の口が動いた。「て・つ・だ・っ・て」と。


その晩、いとこが熱を出した。

夜中に、誰かが風呂場で水を使っていたと叔母が言っていた。


僕は、だんだん怖くなってきた。


でも、海へ行くと彼はいつも笑っていた。

「もうすぐ。あと少し。届ければいいんだ」


その後、隣の子が熱を出した。うわごとで「水はやめて」と言っているとおじさんとおばさんが話していたけどよくわからない。


新学期が始まってしばらくしたら、お父さんが迎えに来た。

そして僕は家に戻った。僕はお父さんとお母さんにいっぱい甘えた。

友達にお別れを言えなかったのが残念だなっと思ったが、新しい生活の中で忘れてしまった。



僕が彼と再会したのは、大学を出て数年、東京で働くようになってからだった。

通勤路の途中、公園の噴水の前。

視線を感じて立ち止まってそちらを見ると彼がいた。

少年の姿ではなかった。成長していた。

僕と同じ年頃、けれどその目だけは、子供のままだった。


「ひさしぶり」声も同じだった・


僕は言葉をだせなかった。

彼は、まるであの夏から一歩も進まずに、そこにいた。


「思い出してくれた?」


声は風のように軽く、でも耳に直接届くような感覚だった。


僕は頷いた。

懐かしかった。彼と過ごした夏は楽しかった・・・でも僕はその思い出に一筋の怖さを感じた。


彼と、しばらく話をした。

内容は曖昧で、断片的だった。


「今は、もう、上にいられる。君のおかげだよ。ありがとう」

僕は頷くしか出来なかった。

「でも、まだ、終わってないんだ」


そう言って、彼はまた僕に言った。


「手伝って」


彼と再会してから、不思議なことが続いた。

職場の同僚が急死した。

通勤電車で倒れたらしい。死因は心不全。

その日の朝、彼と話したことを思い出す。

「この世界って、よくできてるよね。命って、交換できるのかな」


ある日、アパートの前に水たまりができていた。

雨は降っていなかった。

濡れた足跡が、僕の部屋のドアの前で止まっていた。


僕は、だんだん眠れなくなった。

そして、ある日、彼が警察に保護された。

「記憶のない青年。身分証なし。話す言語も曖昧。どうもあの知り合いらしいね?」


警察が僕の職場にまで来た。


「知ってるんですか、彼のことを」

僕と警官はガラス越しに彼を見ながら話をした。対面しない方がいいらしい。


僕は子供の頃のことを話したが、親戚や海辺の人たちは彼のことを知らないそうだ。

そして僕は思い出した。

「そう言えば、僕は彼の名前を知りません。僕は名乗りました」



彼の目が、ガラス越しに僕の目を見た。

口が、動いていた。


「て・つ・だ・っ・て・く・れる・よね!」


その日、僕の上司が事故に遭って死んだ。眩暈で階段から落ちたそうだ。

翌週には、昔の親戚が自宅の浴槽で溺死していたと連絡がきた。


水の音が、頭の奥で響いていた。


ある夜、夢を見た。

いや、夢だったのかもわからない。

あの夏の浜辺。波打ち際に彼がいた。

隣りに僕が立って笑っていた。


僕たちの一番楽しい遊びは岩に腰掛けて足で波をバシャバシャやることだった。

陸だと足がしゃんとしてない彼も海の中では足が強かった。だから僕たちはバシャバシャして遊んだんだ。


それから彼は、再び姿を消した。警察も捜索を打ち切った。

彼の身元は結局、誰にも分からなかった。

でも僕には、分かっている。

彼は今も、どこかで誰かに手を振っている。

「手伝って」と、口だけを動かして。


僕は、今日も水道を閉めた後に確認する。

濡れた足跡が、部屋の中に続いていないかどうか。


誰かのペットが死んだ。

隣の子が倒れた。

もう、気づいている。

彼は、終わっていない。


そして僕は、まだ・・・


「手伝って」いるのかもしれない。






いつも読んでいただきありがとうございます!


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