第2話 エロ兄貴
拓也が朝食の用意を済ませダイニングで待っていると、制服に着替え終えた夏香が鞄を持ちながら三秒も経たずに、二階の部屋からドタドタと音を鳴らして階段を降りて来た。
彼女の慌ただしい様子を見ていた拓也は、溜息をつく。
「お前なあ、もう少し女の子らしく、お淑やかにだな――」
「ああ、もう五月蠅いなあ! 急いでるんだから、ちょっと黙っててよ!」
良かれと思った一言が、逆に彼女から一喝されてしまった。これでは、どっちが年上なのか分からない。
夏香はテーブルに並べられた料理を「お前は男か!」と、突っ込みを入れたくなるほど豪快に口の中へ放り込んでいく。急いでいるという割には、御飯を三杯もおかわりしていた。彼女は確かによく食べるが、だからといって決して太っているわけではない。逆にほどよく筋肉の付いた、スリムな体型をしている。
「お前さ、よくそんなに飯を食って太らねえな」
彼女の食べっぷりを見ながら、拓也は不思議に思ったのだろう。
「そんなの当たり前じゃない。あたしは毎日、部活でハードな練習をしてるんだから」
夏香はバスケットボール部に入部している。バスケ部の練習は、かなりハードだった。
「それじゃあ、行ってくるね。ちゃんと冬香を起こしてあげてよ」
何時の間に食べ終わったのか、食器を流し台に持って行き、拓也の作ったサンドイッチのお弁当を鞄に入れて玄関へと向かう。
「心配するな、ちゃんと起こすから大丈夫だよ」
夏香を見送るため、拓也も玄関の前まで行って答えた。
「起こす、だけだからね。絶対、冬香に変な事しないでよ」
「分かってるって、大丈夫、俺を信用しろ」
「何言ってるのよ。エロ兄貴だから信用出来ないんじゃない」
彼女はそう言うと、大きな溜息をついた。
妹からエロ兄貴と言われた事が不本意なのか、拓也は彼女に対して反論したそうではあったが、口には出さなかった。
「何よ、何か言いたい事でもあるの?」
「な、何でもないよ。それより、早く行かなくていいのか? 朝練に遅刻するぞ」
拓也がそう言うと、夏香は腕時計を見て目を丸くした。
「あっ、やっばい! 急がなきゃ! それじゃあ、行ってくるね!」
彼女は急いで玄関を出ていき、拓也は一つ大きな溜息をついた後、冬香を起こすため二階へと歩みを進めたのだった。