第13話 拓也の災難
拓也と春菜は教室に入り、それぞれ自分の席へと向かった。
「おはよう、拓也」
拓也が席に着くと、清彦が後ろを振り向き声を掛けた。
「ねえ、拓也?」
「おお、どうした?」
清彦は一度、春菜の席を見る。
「今日はどうしたの? 春菜ちゃんと何かあった?」
「唐突に何かあったって何だよ? 別に春菜とは何もないぞ」
「え? そうなの?」
「そうだよ」
清彦は、どこか腑に落ちない様子だ。
「そっか、別に何もないならいいんだけどさ。ただ何となくなんだけど、拓也が春菜ちゃんに対してよそよそしい感じがしたから……」
「何言ってんだよ。そんな訳ないだろ。だから、変な心配はするなよ」
「うん、そうだね。変な事を訊いて悪かったね」
「ああ、いいっていいって」
拓也は、手をひらひらと振る。
「なあ、清彦?」
「え? なあに?」
「お前はゴールデンウィークって、どっか行くのか?」
「うん、僕は家族で父親の実家に行く予定だよ。凄く田舎な所だから、ノーパソ持ってギャルゲーでもやってようかなって思ってるんだ」
「田舎に行ってもギャルゲーかよ。お前、ほんとに好きだな」
「まあね。僕の命と呼べる物だからね」
清彦は、満面の笑みを浮かべている。
「ところでさ、拓也の方はどうなの? ゴールデンウィーク、どこかへ行かないの?」
「俺は妹たちを連れて、一泊二日の温泉旅行にでも行こうかと思ってる」
「へえ、いいね温泉旅行。僕も温泉とかが良かったなあ」
「お前の場合は温泉だろうが何だろうが、結局ギャルゲーはやるんだろ?」
「そうだね。それだけは外せないからね」
「ああ、そうだろうな」
拓也は、少し投げやりな感じで返事をした。
午前の授業は終わり、今は昼休み。拓也と清彦は、仲良くお弁当を食べている最中だったのだが――
佐伯優子が突然、拓也の席へやって来た。机を両手で力強く叩き、ドンッ! と大太鼓でも鳴らしたかのような大きな音が鳴った。
「おい、御堂!」
優子は凄い剣幕で、拓也の名を叫んだ。
「いきなり何だよ。俺が、お前に何かしたのか?」
「あたしじゃない!」
「お前に何かしたわけじゃないのに、何でお前が怒ってるんだよ?」
「あたし、聞いたわよ! 御堂、あんた! 今朝、いやがる春菜を無理やり抱きしめたそうじゃない!」
「何だって!? 俺が春菜を無理やり抱きしめた!?」
「ええ! それ本当なの、拓也!? 僕、拓也の事見損なったよ!」
「い、いや待て! 佐伯も清彦もちょっと落ち着け!」
「これが落ち着いてなんていられると思う!? 春菜は、あたしの大切な親友なのよ! その親友を悲しませた罪、万死に値するわ!」
優子は怒りで頭に血が上っているせいか、拓也の言う事を全く聞こうとしない。
「ま、まあ、少し落ち着け! まずは、俺の話を――」
「罪人の戯言なんか、一切聞く耳なし! 成敗っ!」
「ちょ! まっ! ぎゃあああ!!!」
優子の右ストレートが、拓也の顔面にヒットした。拓也は、椅子から転げ落ちる。
「いててて……」
「どう、御堂? 少しは自分の犯した罪の重さが理解出来た?」
優子は仁王立ちで、拓也を睨んだ。
「た、拓ちゃん大丈夫!?」
春菜が拓也の傍へ来て、心配そうに彼を見つめる。
「ああ、心配ない。この程度の事は日常茶飯事だからな」
拓也は殴られた頬を手で抑えながら、彼女に答えた。そんな彼の言葉に、春菜は少し安心したようだ。
「春菜、そんなやつ庇う事ないよ」
「優子ちゃん、違うの! 拓ちゃんは、私を抱きしめてなんかいないの!」
「え? だって春菜、さっき御堂に抱きしめられたって?」
「そうじゃなくて、全然違うの。拓ちゃんは、冗談で私を抱きしめるって言っただけで……。実際には、何もしてないの!」
「え? そうだったの?」
優子は事の真相を聞き、目を丸くした。
「そうだよ。優子ちゃん、最後まで私の話を聞かないで行っちゃうんだもん」
「あちゃ~、なあ~んだ。あたしの早とちりだったのね。ゴメン、御堂、あたしの勘違いだった。許して」
優子は手を合わせ、深深と頭を下げる。
「お前なあ、謝ってくれても殴られた頬の痛みは取れねえんだぞ。どうしてくれんだよ、この痛み」
拓也は少し大袈裟に、痛めた頬を手で摩った。
「謝っただけじゃ、やっぱり駄目よね。それじゃあ、このお詫びはいずれさせてもらうから、それでいいでしょ?」
「佐伯、絶対だぞ。俺は忘れないからな」
「はいはい。あたしは約束を守る方だから、心配なんていらないわよ」
「それじゃあ、この件はこれで終わりだ。佐伯も春菜も早く自分の席へ戻れ、もうすぐ午後の授業が始まるぞ」
既に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っていた。
「拓ちゃん、ごめんね。私のせいで……」
「いいっていいって、別に春菜のせいじゃないし」
「でも……」
「悪いのは、早とちりした佐伯のやつだし。それに、俺はこんな事へっちゃらだからさ」
「本当に大丈夫?」
「春菜は心配性だな。俺本人が大丈夫って言ってるんだから何も気にするな。そんな事より、もうすぐ授業が始まるぞ。早く自分の席に戻れよ」
「うん、分かった……」
春菜は何とか納得したようで、優子と一緒に自分の席へと戻って行った。
「拓也、何か凄い災難だったね。でも、良かったよ。拓也が春菜ちゃんを悲しまるような事してなくて」
「馬鹿やろう、そんなの当たり前だろ。何で俺が、春菜を悲しませないといけないんだよ」
「そうだよね。だって、拓也……春菜ちゃんの事が好きだものね」
「ば、ばか、な、何で俺が、春菜を――」
「はいはい。まあまあ、いいからいいから」
ガラガラッと、教室の扉が開く。
「あっ、もう先生が来ちゃったね」
清彦は姿勢を前向きに戻し、穏やかな日差しの中で午後の授業が始まる。




