第1話 御堂家の朝
「お兄ちゃん起きて、朝だよ」
御堂家の朝は、妹の夏香が兄の拓也を起こすところから始まる。
「お兄ちゃん、学校に遅刻しちゃうよ」
何度、声を掛けても拓也は起きてこない。夏香は肩を落とし、溜息をついた。
「もう、お兄ちゃんったら……。早く起きないと、チューしちゃうからねっ」
普通に起こすのは、諦めたのだろう。元気で快活な彼女に似つかわしくないであろう可愛い声で、今度は起こしてみた。夏香は恥ずかしいのか、少し頬が赤くなる。
彼女の努力が報われたのか、拓也の瞼がゆっくりと開く。
すると突然、拓也は寝ぼけているのか、夏香の体を抱き寄せキスをしようとする。
「妹に何をしようとしてんだ! このエロ兄貴!」
突然の兄の行動に驚き、夏香は瞬時に怒りへと変わった。
「いてててて……」
妹に頬を殴られ、手で頬を擦る拓也。全く、兄としての威厳がない。いや、寧ろ変態とも言える。
「お、お前なあ、いきなりグーで殴る事ないだろ?」
平手ではなく、兄を拳で殴ったところに彼女らしさが出ている。
「何言ってんのよ! わざわざエロ兄貴なんかを起こしに来てやったっていうのに! それが突然、キスされそうになったら殴るしかないでしょ!」
夏香は、目をつり上げて激怒した。
「ちょ、殴るしかないって……。寝ぼけてただけなのに……」
拓也は潤んだ瞳で、夏香を見つめる。
「寝ぼけてようが何をしてようが、どこの世界に妹の唇を奪おうとする兄貴がいるのよ!」
拓也は口元に笑みを浮かべ、右手の親指を自分の顔に向けてみせた。
「ここにいるぜっ!」
と言った瞬間、また夏香に殴られた。
「もう! 朝っぱらから余計な体力使わせないでよ! これから部活の朝練があるんだから! 時間がないんだから朝御飯とお弁当、早く作ってよね!」
夏香は勢い良く扉を閉めて、拓也の部屋から出ていった。
「はぁ、朝っぱらから妹に殴られるとは最悪だ……。それにしても、危なかったなあ。もうちょっとで、妹とキスを……。おっと、いつまでも後悔している場合じゃないな。早く朝飯と弁当の用意をしないと、また夏香に殴られちまう」
拓也は急いで部屋着に着替え、ダイニングへと向かった。
拓也たちの父親は仕事の関係で、海外で生活をしている。母親は夏香と冬香を生んだ後、暫くして亡くなった。それにより、一年の殆どを兄である御堂拓也と双子の妹である御堂夏香と御堂冬香の三人で暮らす形となっていた。