第1章 5話 来訪者
外に出ると、二人は同じ方向を見据えたまま動かなかった。
私も倣って視線を向けるが、そこには木々の合間を縫うように伸びた、わずかに踏み固められた道があるだけで、人影は見当たらない。
「えっと……」
声をかけてみたが、反応はない。
仕方なく黙っていると、遠くの方から、かすかな振動と、何かが地面を叩く音が聞こえてきた。
――馬?
音は次第に大きくなり、しかも一つではないことが分かる。
道の先を凝視していると、やがて姿を現したのは、馬に似た生き物と、それに跨る鎧姿の人物たちだった。
「……バロンが、何の用だ」
低く呟いた声は、シャルルのものだ。
騎馬兵は四人。彼らは私たちの前で馬を止めると、そのうちの一人が一歩前に出て、馬を降りた。
兜を外した男は、仰々しく頭を下げる。
「オーネスト様、ご無沙汰しております」
聞き慣れない名だったが、ジキルもシャルルも反応しない。
「……バロンが、何の用だ?」
シャルルが言葉を挟むが、男は一瞥すらしなかった。
「で、何の用じゃと聞いておるんじゃが?」
改めて、ジキルが問いかける。
「これは失礼いたしました。オーネスト様」
「話というのは、この森に集落がございましたよね?」
「そちらへ案内していただきたく、辺境まで参った次第でございます」
「なぜ、ワシがそんなことをせにゃならん」
「本家様の指示でございます」
ジキルの目が、わずかに細くなる。
「オーネストの名は、とうに捨てたわ」
「子に付けられん名など、あっても仕方ないからの」
「それは、オーネスト様が【騎士】の系譜を持つ子を作らなかったからでございましょう?」
「すでに生まれた子に、名を与えられん事実は変わらんじゃろ」
「【騎士】の子を作って家を存続させていれば、その子もオーネストのために生きることが許されたはずです」
「話が通じておらんの」
ジキルは一歩前に出る。
「ここで弁論をする気はない」
「もう一度言うが、ワシを二度とオーネストと呼ぶでない」
「承知しました、オーネスト様」
「それでは、ご案内をお願いできますね?」
「……話を聞かんやつじゃな。案内する気はない。帰れ」
語気が荒くなる。
「残念です。ですが、急いでいるわけではありません」
男は微笑み、馬に戻った。
「ちょうど一か月後、また参ります」
「その時は、断れぬよう準備を整えておきましょう」
そう言い残し、四人は来た道を引き返し、森の奥へと消えていった。
「……辺境の集落、って」
恐る恐る、二人に声をかける。
「森の中にある集落のことじゃな」
「何か、特別なんですか?」
「集落そのもの、というよりは……」
「まあ、【神託の巫女】のことだろうな」
「どこで嗅ぎつけやがった……」
シャルルの舌打ちが、やけに大きく響いた。
「……とりあえず、家に入ろうか」
ジキルは私を見て言う。
「何かの縁じゃ」
「レンよ。おぬしにも話しておこうか」
状況が理解できないまま、頷いた。
家に戻ると、ジキルは椅子に腰を下ろし、私たちが座るのを待ってから口を開いた。
「さて、どこから話そうかの」
「そうじゃな」
「まずは、あやつらの正体じゃ」
ジキルは机を指でトンと叩く。
「あやつらはバロン、正式にはバロングランツ帝国の騎士団じゃ」
「地理的には隣国にあたる」
「隣国……ここは別の国なんですか?」
「ここはフェレル諸国連合。その中の、ガナ大森林じゃ」
「諸国連合……?」
私の疑問にジキルは丁寧に返す。
「国家は、賢者の石を基に成り立っておる」
「賢者の石……」
「その賢者の石をじゃな」
「一国で管理しておるのが【大国】」
「一国が傘下に使わせておるのが【帝国】」
「複数で共有しておるのが【諸国連合】じゃ」
話を聞きながら、頭の中で必死に整理する。
「賢者の石って、いくつあるんですか?」
「人間と精霊が使っておるものは、八つじゃ」
「人間と精霊……?」
「表裏一体じゃ。同じ石を、別の世界から利用しておる」
完全には理解できなかったが、先を促す。
「悪魔にも、あるんですよね?」
「そうじゃ。七体の悪魔、それぞれに石がある」
「悪魔の石、あるいは愚者の石と呼ばれておるが、本質は同じじゃ」
「なるほど……」
分かったふりの相槌を打つと、ジキルは話を進めた。
「次は、【神託の巫女】についてじゃな」
「神託の巫女……」
「【神官】と【契約】の系譜が持つ、特定のアビリティの名じゃ」
「特別なもの、なんですか?」
「特別ではあるが、戦うための力ではない」
「……?」
「神託の巫女は、勇者と共に悪魔を討つ存在とされておってな」
「スキルを使えば、場所が分かる」
「……場所?」
「そうじゃ」
ジキルは静かに、しかし重く言った。
「悪魔の、現在地が、の」




