第1章 3話 転移者
夜もすっかり更け、夕食を取ることになった。
時間は分からないが、外に明かりがないため、辺りはかなり暗い。
シャルルは石で作られた竈の前に立ち、短く何かを唱える。
すると、組まれた薪に火が灯った。
火の上に鉄製のフライパンのようなものを置き、すでに切り分けられた
――元は何の動物だったのか分からない肉と、きのこ、山菜のような野菜を放り込んで炒めていく。
「手伝おうか?」
そう声をかけると、シャルルは軽く首を振った。
「いや、いい。座ってろ」
やんわり断られたので、素直にテーブルへ戻る。
料理は数分で完成した。二人は特に何か言うこともなく食べ始める。
作法が違うのだろうと思い、私は心の中で「いただきます」と念じてから、皿に手を伸ばした。
味付けは驚くほどシンプルだったが、不思議と悪くない。
気づけば、あっという間に平らげていた。
「今日は疲れただろう」
そう言って案内された部屋には、木で作られた簡易なベッドと机が一つずつ置かれていた。
荷物を床に置き、ベッドに腰掛ける。
夕食を取った部屋の明かりが消えたのを確認し、こちらの部屋のランプも消そうとする。
仕組みが分からず少し手間取ったが、あちこち触っているうちに灯りは消えた。
そのままベッドに横になり、目を閉じる。気づけば、意識は深い眠りに落ちていた。
翌朝、目を覚ますと、夕食を取った部屋に二人の姿があった。
「おお、起きたか。今ちょうど起こしに行こうと思っとった」
シャルルは、長い銀色の髪を束ねながら言う。少し眠たそうだ。
鍋をかき混ぜながら、祖父の方が顔だけこちらに向けた。
「そういえば、名を名乗っとらんかったな。ワシはジキルじゃ」
「ジキルさん……はい、よろしくお願いします」
唐突な自己紹介に応じつつ、肉と野菜の入ったスープを飲みながら、ふと思い出したことを口にした。
「そういえば……知り合いの転移者って、どんな方だったんですか?」
「名前とか」
「おお、そうじゃの」
ジキルは少し考えるように視線を泳がせた。
「名はシキと名乗っておった」
「ワシの息子――シャルの父親じゃな」
「それとパーティを組んでおった」
木製のスプーンで、シャルルを軽く示す。
「息子の名はセオル。大層入れ込んでおってな」
「絶対に元の世界へ帰してやる、と息巻いておったよ」
「そのシキさんは……どこから来たとか言ってましたか?」
「直接は聞いておらんが……」
「確か……ニホンという国から来たと言っておったな」
「日本……」
思わず呟くと、ジキルがこちらを見る。
「なんじゃ、知っておるのか?」
「はい。私も、その日本から来ました」
その言葉を聞いた瞬間、
「本当か!?」
ジキルは勢いよく立ち上がった。シャルルの手も止まり、こちらをじっと見ている。
「……そうか。同郷、か」
小さく独り言を漏らしたあと、ジキルは改まった表情で向き直った。
「もし、おぬしが元の世界へ戻れたら、シキの子孫に伝えてくれんか」
声が低くなる。
「シキは最後まで立派に戦い、死んだこと」
「そして、シキによって救われた命があることを」
「……はい」
喉が少し詰まりながらも、頷いた。
「あの……シキさんは、どうして亡くなったんですか?」
「そうじゃな……」
ジキルは少し間を置いた。
「詳しくは知らん。ただ、セオルと妻のシェイナ――」
「こいつの母親じゃな。その二人を護って死んだ、と聞いておる」
シャルルは手に持ったスプーンを、ただ黙って見つめていた。
「……シャルルの、ご両親は?」
「……ああ、死んだよ」
シャルルが短く答える。
「俺が生まれてすぐだ」
「シキを殺した悪魔――レヴィアタンによって、な」
「レヴィアタン……」
「そう。この世界を支配している七体の悪魔の一体じゃ」
元の世界の記憶の中で、七つの大罪を司る悪魔の名がよみがえる。
「支配……?」
話を理解しきれずにいると、
「……そろそろ、やめないか」
シャルルが静かに言った。
ジキルも小さく頷き、止まっていた食事を再開する。
重たい空気は、それ以上深まることはなかった。
「そういえばさ」
食事の片づけをしながら、シャルルがこちらを向く。
「転移者って、系譜を多く持ってるんだろ。シキから聞いたって、じじいが言ってた」
「ああ、うん。狩人と――」
「……あー、悪い」
言いかけた私の言葉を、シャルルが遮った。
「今のは俺が悪かった」
意味が分からず見返す。
「系譜ってのは、力の根幹だ。基本、表に出すのは一つ。もう一つは黙っとくのがセオリーなんだ」
「なるほど……」
「パーティ組む相手には話すけどな。さっきのは、ちょっと浅はかだった」
そう言われても、今さら隠しても仕方がない。
「大丈夫だよ」
そう言って、持っている系譜をすべて伝えた。
「おお、五つもか」
シャルルの声に、ほんの少しだけ優越感を覚える。
「スキルは?」
「あるらしいけど、分からないんだ」
「あー、まだ見てねえのか」
シャルルは頷いた。
「じゃあ町に行こう。ギルドに石板がある。あれ使えば分かる」
「石板……」
その言葉を聞いて、思い出す。
部屋に戻り、荷物を持ってきて、袋の中から大きな石板を取り出した。
「使い道の分からない石板があって」
「ほお……」
肩越しに覗き込むように、ジキルが言う。
「まさしく賢者の石板じゃな」
「貴重なものなんですか?」
「どこのギルドにもあるから珍しくはないがの。個人で持っとる者は、そう多くない」
「これでスキルが分かるんですか?」
「おう、ばっちりだ」
シャルルが、私より少しだけ嬉しそうに言った。




