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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第三章 化け物とヒーロー
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第3章 14話 善意の顔をした悪意

 地図の示す場所は、フェレルの街はずれにあった。


 人通りの少ない区画を抜けた先――

 ひときわ高い壁に囲まれた、大きな建物。


「……でかいな」

 シャルルが低く呟く。


 商会の屋敷に見えなくもない。

 だが、壁の高さと、門の重厚さが異様だった。


「ここで間違いない」

 ジキルが地図を畳む。


「二手に分かれるぞ」

「わしとレンが正面」


「お前らは、外から様子を見張れ」

 シャルル、ハル、ルゥが頷く。


「ルゥよ」

「レンを対象に《盗み聞き》のスキルを」


「……分かった!」

 

「中の様子をこれで把握できる」

 ジキルが満足したように言った。

「何かあったら頼むぞ」


 レンとジキルは、正面の門へ歩み寄った。


 門の前には、二人の男が立っていた。

 鎧をまとい、槍を持った門番。

 冒険者風ではない。

 だが、素人の動きでもなかった。


「何の用だ」

 門番の一人が、無感情に問う。


「知り合いが、この中に招き入れられている」

 ジキルが短く言う。


「用件があっての」


「……オークの知り合いか?」


「そうじゃ」


 門番は一瞬だけ眉をひそめ、

 腰の横にぶら下げた水晶のような物に触れた。


「……連絡を取る」


 水晶が淡く光る。

「――来訪者二名」

『人数は?』

「二名」

『武装は?』

「重装一、軽装一」

 短いやり取りのあと、水晶の光が消える。


「武器と鎧を外せ」

「それが条件だ」


 ジキルは一瞬だけレンを見る。


「……やむを得ん」


 二人は武器を外し、

 ジキルは兜と重い装備を脇に置いた。


「よし。入れ」

 門が、重い音を立てて開く。


 中は、妙に整っていた。


 手入れされた庭。

 白い壁の綺麗な建物。

 一見すると、商会の屋敷そのものだ。


 だが――

 視線が、至る所から突き刺さる。

 柱の影。

 窓の奥。

 回廊の角。


(……見られてる)


 レンの背中に、じっとりと嫌な汗が滲む。


 奥の扉の前にも、

 門番と同じ装備の男が立っていた。


「中へ」

 扉が開く。

 案内の男に付いていき、次の扉を開ける。

 そこにいたのは――


 グレンと、一人の女性。

 そして、周囲を囲むように立つ、八人ほどの男たち。


「グレンさん!」

 レンの声に、

 グレンが顔を上げた。


「……来てくれたんですか」


 隣にいた女性も、わずかに身じろぎする。

 黒い布が、彼女の目を覆っていた。


 布の表面には、細かな術式のような紋様。

 服装は、シスターのものだった。


「当たり前じゃ」

 ジキルが、低く言う。


 部屋の中央、椅子に座っていた男が口を開く。


「そちらのオークさんの」

「お仲間でしたね」


 ジキルが男の顔を見る。

「おお、怖い顔だ」


「誤解しないでくださいね」

「我々は、彼女に“協力”をお願いしているだけですよ」


「子どもを攫っておいてか」

 グレンの声が低くなる。


「攫った?」

 男は肩をすくめる。


「誤解ですよ」

 男は、平然と頷いた。


「こちらは――」

「“迷子になっていた子ども”を」


「“保護しただけ”ですよ」


「ですから――」

「危険から遠ざけただけ」

「孤児院に返すつもりでしたよ」


「……なら、今すぐ返せ」

 グレンの声が、鋭くなる。


「ええ、もちろん」

 男は、あっさりと頷いた。


「すぐにお返ししましょう」

 その言葉に、場の空気が一瞬、拍子抜けするほど緩む。


「こちらとしても」

「トラブルは望んでいません」


 男は、ちらりとセリルを見る。


「ただ――」

「一つ、お願いがありましてね」


 ジキルが、警戒を滲ませる。


 男は穏やかに言う。


「孤児院のシスターさん」


「先ほどの“協力の件”よろしくお願いします」


 レンの胸が、ざわつく。

「……協力?」


「たいしたことではありません」

 男は、にこりと微笑む。


「困っている人に、手を差し伸べる」

「それだけですよ」


 言葉だけ聞けば、善意にすら聞こえる。

 男は、あくまで柔らかい態度を崩さない。


「二日後に、もう一度だけ」

「孤児院へ伺います」


「良い返事を、お待ちしていますよ」


「ほら、子どもはお返しします」

「彼も、驚いているでしょうし」


 合図と同時に、周囲の男たちが動く。

 ユーノは、よろよろとセリルの元へ向かい、

 ぎゅっと、彼女の服を掴んだ。


「あ……セリル」

「ここ、どこ……?」


「大丈夫よ」

 セリルは、そっと頭を撫でる。


「もう、帰れるから」


 その光景を見てから、

 男は、ふっと声の調子を変えた。


「……子どもというのは」

「本当に、すぐ迷子になりますからね」


 穏やかな声。


 グレンが男をにらみつける。


「ですから」

 男は、にこやかに続ける。

「お互い」

「面倒なことにならないように」


 建物の外。

 シャルル、ハル、ルゥと合流する。


 グレンは兜を被り直していた。


「……ユーノ、何があったの?」

 セリルが男の子に向かってが言う。


 ユーノは、歩きながらふらついている。

「……急に眠くなって」

「気づいたら、あそこだった」


「そっか」


 そのすぐ後、

 セリルが、思い出したかのように深く頭を下げた。


「あ、私は、セリルです」


「幼い頃の事情で、目が見えません」

 目を覆う布に、指を添える。


「これは、魔道具で……」

「魔力を通して、周囲を知覚できます」


「姿は分かりませんが……」

「知っている人なら」

「“そこにいる”って、分かるんです」


 レンたちも続けて自己紹介をした。


 高速馬車で、セルトゥールの孤児院へ向かうことになった。

 馬車の中で、ユーノはすぐに眠り込む。


「……兜、ずっと被ってるな」

 シャルルが、馬車の揺れに身を任せながら言った。


「子どもを怖がらせないためです」

 グレンは、いつも通りの落ち着いた声で答える。


 その横で、

 セリルが、少し困ったように微笑んだ。


「……有名な物語があるんです」


「昔話、みたいなものなんですけど」


 ハルとルゥが、同時に「ああ……」と頷いた。

「知ってる」


「“悪いことをすると、オークが攫いにくる”って話だよね」


 ハルが、どこか気まずそうに言う。


「子ども向けの、よくある脅し文句……」

 ルゥも、小さく肩をすくめた。


 セリルは、視線を伏せる。

「前にいた孤児院のシスターも……」

「悪気なく、そういう言い方をしていました」


「“夜更かしすると、オークに連れていかれるわよ”って」


 シャルルが、何かを言おうとして――

 舌打ちして、言葉を飲み込んだ。


 馬車の中に、

 一瞬、重たい沈黙が落ちる。


 グレンは、その空気を受け止めるように、静かに言った。


「……私たち、オークにも」

「そういう認識を持たれる“理由”があるのだと思います」


「理由……?」

 レンが、少し驚いたように聞き返す。


「過去に、略奪や争いを繰り返した者たちがいた」

「それが“オークは危険な種族”という印象として」

「物語や噂になって、残っているのでしょう」


 グレンの声は、淡々としていたが、

 どこか自嘲が混じっていた。


「そんなの……」

 ルゥが、思わず口を挟む。

「気にしなくていいです」


「悪いことをしてないのに……」


 セリルは、ゆっくりと頷いた。

「……私も、そう思います」


「グレンさんは」

「誰よりも、子どもたちのことを考えてくれている人ですから」


 レンが、ぽつりと言う。

「……グレンさんは」

「誰よりも、紳士的なのに」


 その言葉に、

 セリルの口元が、少しだけ緩んだ。

「だから――」


 セリルは、穏やかに続ける。

「グレンさんは、孤児院では裏の小屋に泊まるんです」

「子どもたちに姿を見せないように」

「近くを通る時も、兜を被ったままで」


「……気を遣いすぎだろ」

 シャルルが、小さく舌打ちする。


「それで、子どもが怖がらないなら」

 グレンは、少しだけ視線を逸らした。


「構いません」


 レンは、少しだけ笑った。

「……でも」

「グレンさんのことを知ってる人は」


「ちゃんと分かってますよ」


 セリルも、静かに頷く。

「……はい」

「私も、そう思います」


 グレンは、返事をしなかった。

 ただ、兜の奥で、ほんの少しだけ、

 息を吐いた。


 馬車の中の空気が、

 ほんのわずかに、柔らいだ。


 孤児院の前。

 シスターが、二人の無事な姿を見て、深く息を吐いた。


「……よかった……」


 ユーノは、まだ眠ったままだ。

 グレンは、静かに頭を下げた。


 だが――

 問題は、何も終わっていない。


 二日後。

 “約束の日”が来る。


 それが、

 本当の戦いの始まりだった。

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