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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第二章 歩き出す者たち
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第2章 18話 森の泉と盗賊の影

 町を出て、街道を外れた先。

 ルゥの案内で、一行は森の中へと足を踏み入れた。

 

 昼間だというのに、木々の葉が重なり、光は柔らかく遮られている。

 鳥の声と、風に揺れる枝葉の音。


 だが――どこか、空気が澱んでいた。


「この辺りです」

 ルゥが足を止める。


「私が、ゴブリンに捕まったのは……」

 

 そこは、踏み荒らされた痕跡の残る場所だった。

 折れた低木、乱れた草。


「……間違いないな」

 ジキルが周囲を見渡し、低く呟く。


 その時。


『……聞こえる』

 急に、シリィの声がした。


 空中に、淡い光が揺らめく。


『こっちよ』

『声が……まだ、弱いけど』


 シリィの導きで、森の奥へと進む。


 やがて――木々が途切れ、小さな空間が開けた。


 そこにあったのは、澄んだ水を湛える小さな泉だった。

 苔むした岩に囲まれ、水面は鏡のように静かだ。


『……ここね』

 シリィが、ふわりと姿を現す。


 そして、泉の上に視線を向けた瞬間。

 水面が、淡く揺れた。


 ――ぽう、と。

 青白い光が立ち上り、

 人の形をかたどる。


『……助けて』


 現れたのは、水の精霊だった。


 透き通った髪と、雫のような瞳。

 その姿は不安定で、今にも溶けそうだった。


『友だちが……』

『近くの洞窟に……捕まってる』


「洞窟?」


 レンが息を呑む。


『三日前から』

『人間に……』


 水の精霊は、悔しそうに俯いた。


『私一人じゃ、どうにもならなくて』

『だから……助けを呼んだの』


『精霊か、精霊と契約してる人にしか』

『聞こえないようにして……』


「……それが、ルゥに聞こえた」

 ハルが理解する。


 水の精霊は、弱々しく頷いた。


『あの子……もう、限界』

『精霊界に帰らないと……死んじゃう』


 重い沈黙。


「……行こう」

 レンが言った。


 迷いはなかった。

 泉を離れ、少し進むと――

 岩壁に口を開けた洞窟が現れた。


 近づいた、その時。


「……声がする」

 ルゥが小さく囁いた。


 耳に手を当てる。

 「《盗み聞き》」

 スキルを発動する。


 数秒後、表情が強張った。


「います」

「……盗賊」


 低い男の声が、断片的に聞こえる。


『……逃げ場はねぇ』


『檻は特注だ』


『魔力が尽きりゃ、そのまま残る……』


 別の声が、下卑た笑いを含んで続く。


『死んだら、素材かな』


『いや、精霊の標本は、いい値がつく』


 空気が、凍る。


「……また、緊急事態かよ」

 シャルルが、ぼそりと吐き捨てた。


「す、すみません……」

 ルゥが思わず頭を下げる。


「……あ、いや」

 シャルルは少し慌てて視線を逸らす。


「責めてねぇよ」


 その時。


「……今、名前が出ました」

 ルゥが、声を低くする。


「“バグス”って……」

 グレンが、ぴくりと反応した。


「バグス……?」


「この辺りじゃ、有名な」

「賞金首です」


「……まだ、生きておったか」

 ジキルが、苦々しく呟く。


「元B級冒険者じゃったかの」


 グレンが続ける。


「ええ、実力は本物です」


「私やシャルルより、上のランクです」


「過去の話だ」

 シャルルがぶっきらぼうに言う。


「部下も、複数いるみたいです」

 ルゥが補足する。


 ジキルは、腕を組んだ。

「……人間相手は」


「魔物より、よほど危険じゃ」


 一行は、視線を交わす。

 短い沈黙の後――

 ジキルが口を開いた。


「グレンとわしで外におびき出す」


「その隙に」

「レン、ハル、ルゥ」


「精霊を救出せい」

 

 三人が頷く。


「ところで、シリィとやら」


 突然の呼びかけにシリィが体をびくりとさせる。


『な、なによ』


「おぬしは気配遮断の魔法を使えるな」


『何で知ってるのよ』


「ゴブリンの巣穴で長時間隠れておったじゃろ」


『……ああ、なるほどね』

『使えるわよ』


「うむ」


 洞窟を前に、ジキルは小さく息を吐いた。


「この作戦でいく」

「相手は人間、しかも元冒険者」

「警戒心も、逃げ道も用意しとる」

「洞窟の中がどうなっておるかも分からん」


「とりあえず、バグスを引き離す必要があるの」


 そう言って、地面に指で簡単な配置図を描く。


「欲を突く」


「あやつらは」

「精霊そのものより“利益”を見ておる」

 ジキルの視線が、グレンとシャルルに向いた。


 そう言って、腰袋から布に包まれた魔石を取り出す。

 淡く輝くそれは、誰が見ても上物だった。


「“買い手がいる”と言う」

「しかも――」


 グレンが、低く続ける。

「精霊契約を望む者」


「そうじゃ」


 ジキルは頷いた。


「捕まえた精霊を“素材”として売るより」

「生きたまま、高く売れる話じゃ」


 シャルルが口角を上げる。

「欲を刺激するには、十分だな」


「外にバグスをおびき出せたとして」


「当然、中にも見張りがおる」

「あやつらの中に気配探知できる者もおるじゃろ」


「そこで、シリィよ」

『気配遮断の魔法ね』


『視覚的にも見えにくくできるわよ』


「さすがじゃな」


 作戦は、すぐに決まった。


・ジキル、グレン、が“仲介役”を装う

・精霊契約を望む貴族の依頼を受けた、と名乗る

・精霊は生きたまま必要だと強調

・価格交渉に持ち込み、外へ引きずり出す


 レンが、囁く。


「……信用されるかな」


「“物”を見せれば、話は聞く」


 ジキルは、魔石を軽く掲げた。

「ユニーク個体の魔石」

「それに、正式な報酬金」

「盗賊は、目の前の金に弱い」


「シャルよ」

「お前は中の掃除じゃ」


「おうよ」


 グレンが剣に手を掛け、

 ジキルが、口元を歪める。


 シリィはジキルとグレン以外に魔法をかけた。


「じゃあ――」


「派手に、頼むぜ」


 二人は、洞窟の奥とは逆方向へ、

 音を立てて踏み出した


 洞窟の前。

 ジキルは、足音を隠さず進み出た。


「おい」


「中にいるのは、バグスじゃな?」


 洞窟の奥で、話し声が止まる。


「……噂は聞いとる」

「精霊を捕まえた、とな」


 数拍の沈黙。


「誰だ」

「用件を言え」


 警戒を滲ませた声。

 ジキルは、落ち着いた声で答えた。


「仲介じゃ」

「精霊契約を望む、貴族から依頼を受けておる」


 一瞬、空気が揺れる。


「生きた精霊が欲しい、とさ」


 洞窟の奥から、低い笑い声。

『……貴族だと?』


「本物だ」

「契約前提の取引になる」

 グレンが、腕を組みながら言う。


 ジキルが、わざとらしく魔石を放り投げる。

 地面で、硬い音が鳴った。


「前金じゃ」

「ユニーク個体の魔石」


 沈黙。


 そして――

 洞窟の奥で、ざわめきが起きる。


『……ユニーク、だと?』


「信じられんか?」


 ジキルは続ける。


「それに、金もある」

「値は、相談じゃな」


 長い沈黙。

 やがて、


「……入ってこい」

「顔を見せろ」


「盗賊のアジトに金を持って入るやつがどこにいる」


「……」

「……入り口から少し離れて待て」


 シャルルが、内心で笑う。

(――釣れたな)


 レンは、拳を握りしめた。

「……来る」


 価格交渉という名の罠。

 精霊を救うための、静かな詐術。


 洞窟の外へ――

 盗賊たちが、姿を現そうとしていた。


 洞窟の闇が、ゆっくりと動いた。

 最初に姿を現したのは、二人。


 革鎧に、使い込まれた短剣。

 冒険者崩れと分かる身なりだが、足運びに無駄がない。


 その後ろから――


「……ほう」

 低く、掠れた声。


 がしり、と岩を踏みしめて現れた男は、

 他より一回り大きく、そして――落ち着いていた。


 右目に走る古傷。

 無精髭。

 腰には、明らかに“元上物”と分かる剣。


「それで」

「仲介人さんよ」


 男――バグスは、魔石を拾い上げ、指先で転がす。

 光の反射を確かめるように、じっと見つめた。


「……確かに、本物だ」

 視線が、ジキルへ向く。

 その目は、値踏みする商人のそれだった。


「貴族が、精霊契約を?」


「そうじゃ」

 ジキルは、一歩も引かずに頷く。


「精霊の」

「状態が悪ければ、話は流れるがの」


 バグスの口元が、わずかに歪む。


「生きたまま、ねぇ」

「……面倒な注文だ」


「じゃが、高く付く」


 グレンが肩をすくめる。

「前金を置いた」


 一瞬の沈黙。


 バグスは、部下たちに目配せする。

 数人が、周囲に散り、距離を測る。


 シャルルは、木陰からその様子を見守る。


 ジキルたちは、すでに“外”へと意識を引き付けている。


「……いいだろう」

 バグスが言った。


「話は、聞いてやる」

 そして、薄く笑う。


「だが」

「俺は、安売りはしない」


「そうじゃろうな」


 ジキルが応じた。

 その瞬間。


 先にシャルルが単身で飛び込み洞窟の闇に消える。


 その後にルゥが、盗み聞きのスキルを発動する。


 しばらく中の様子を探り、レンに合図を送る。


「……今です」


 洞窟の入り口。


 盗賊たちの視線は、完全に外へ向いている。

 シリィと水の精霊が、同時に頷いた。


『急いで』

『もう、時間がない』


 レンは、深く息を吸う。

「……行こう」


 外では、金と欲の交渉。

 内では、命を繋ぐための救出。

 二つの緊張が、同時に動き出していた。

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