序章4
「それでは、準備も完了に近づいてきましたので、最後の仕上げに入ります」
神様の声に応じるように、私が座っている陣の光が、ゆっくりと強まっていった。
「まず、加護を与えます」
「……加護?」
「ええ。特別なものではありません。向こうの住人は、誰もが持っているものです」
「どんな加護なんですか?」
「モンスターと戦うために必要なものです」
「こちらの世界では馴染みがないでしょうから、よく聞いてください」
神様は淡々と続ける。
「ヴェールと呼ばれる加護です。これが有効な間、あなたは死にません」
一瞬、言葉の意味が理解できず、固まった。
「スキルやアビリティは、すべてヴェールが有効な間だけ使用できます」
私の反応を見て、神様は補足する。
「薄い膜を身にまとっていると考えてください」
「その間、身体能力が強化され、痛みも軽減されます」
「ダメージを肩代わりしてくれる存在ですね」
「こちらの世界でいうHPのような概念もあります」
「ヴェールのHPが尽きると、今のあなたのような脆弱」
「――生身の体に戻ります」
脆弱、という言葉に少し引っかかったが、言葉尻を咎める余裕はなかった。
「回復や身体強化の多くは、ヴェールに作用します」
「ヴェールが切れた者には、まずそれを回復させる必要があります」
黙って頷く。戦闘不能、という言葉が頭をよぎった。
「ヴェールがない状態では、自分でスキルを使えません」
「他者やアイテムの助けが必要になります」
「……残量は、数値で分かるんですか?」
「ええ。HPやMPは数値化されています。他の能力値は、あくまで目安です」
「……何となく、分かりました」
曖昧な返事をすると、神様は一度手を合わせ、小さく何事かを唱えた。
「では、最後の仕上げです」
「貴重なアストラルボディです。できるだけ無駄にしないでください」
引っかかる言い回しだったが、今は聞き流すしかなかった。
「最低限のスキルとアビリティを授けます」
状況を忘れかけるほど、素直に嬉しいと感じてしまった。
「共通語を理解するアビリティ、現在地を把握するスキル、対象が食べられるか判別するスキル」
「これらは最初から備わっています」
思ったより控えめだったが、「最低限」と言っていたことを思い出し、黙って頷いた。
「装備も転移後、近くに用意しています。忘れないように」
「次に、系譜を五つ選んでください」
返事をする前に、神様は続ける。
「選んだ系譜ごとに、スキルとアビリティを一つずつ、ランダムで付与します」
「……ランダム?」
「ええ。向こうでも、自由に選べるわけではありません」
不安がよぎったのだろう。神様は微笑んだ。
「完全な無作為ではありません。致命的な外れは除外しています」
「いきなりゴブリンに殺される、ということはないでしょう」
信じるしかなかった。
「では、三十分後に転移します。それまでに選んでください」
制限時間に少し焦りつつも、意外と迷いはなかった。
まず【神官】。息子を救うという目的を考えれば、一番必要な気がする。
次に【狩人】。役割を考え、【騎士】ではなくこちらを選んだ。
【学者】は説明不足だったが、選ばないと後悔しそうな予感がして選択。
残り二つは悩んだ末、【契約】と【探求】を選んだ。
【導師】とも迷ったが、最後は直感に従った。
五つの系譜を告げると、神様は静かに頷き、再び手を合わせた。
「動かないでください」
その声と同時に、陣が強烈な青い光を放つ。
「では、転移を開始します」
「意識が薄れていきます。心の準備を」
心臓が速く打つ。不安と期待が混ざり合う、不思議な感覚だった。
「最後に一つ、アドバイスです」
身体から力が抜けていく中、神様の目を見る。
「焦らず、楽しむことです。時間は有限ですが、焦るほど早く過ぎます」
「一人で抱え込まず、使命感に押し潰されないように」
思ったよりも普通の言葉だったが、心は少し軽くなった。
「あ、……最後に一つ質問です」
神様は言う。
「私の言葉遣い、変ではありませんでしたか?」
「いえ。特に気になりませんでしたよ」
神様は微笑む。
「ありがとうございます。……神様、行ってきます」
そう告げ、私は意識の流れに身を委ね、そっと目を閉じた。
*
柊木連がその場に崩れ落ちた後、神と呼ばれた人物は静かに立ち上がった。
「……神様、ね」
小さく呟き、一瞥だけ残して、横開きの扉を開く。
その姿が消えたあと、境内では風に揺れる木々が、葉音を立てていた。




