第2章 16話 報告と余波
冒険者ギルドの扉が開いた瞬間、
中にいた者たちの視線が、一斉に集まった。
血と土の匂い。
疲労の色を隠しきれない顔。
だが――全員、立っている。
「……戻ったかい」
受付カウンターの奥で、中年の女性、
リディがゆっくりと立ち上がった。
「無事だ」
シャルルが短く答える。
「依頼は完了。ケットシーたちは救出した。全員、生存している」
一瞬の沈黙。
そして、ざわめきが広がった。
「おお!!」
「奥まで潜ったって聞いてたが……」
「ほんとうに攫われていたのか」
「静かに」
リディの一言で、空気が締まる。
「
ジキル、詳細を報告してもらおうか」
ジキルが一歩前に出た。
年季の入った冒険者の目で、淡々と語り始める。
「巣穴の奥に、ユニーク個体がおった」
「レッドキャップの進化種じゃ。シャーマンのような装いでな」
空気が、ぴり、と張り詰めた。
「そやつは、スキルを使う」
「広範囲に、身体を重くする」
「加えて、腕と足を封じるスキルも確認した」
ギルド側の数名が、顔色を変える。
「さらに、ホブゴブリンが二体」
「グリーンベレーが一体」
「……トロルが二体、従えられておった」
「……ゴブリンが、トロルを?」
信じがたい、という声が漏れた。
「じゃが」
ジキルは一度、息を整えた。
「ユニーク個体は撃破した」
今度こそ、はっきりとしたざわめきが起きた。
「倒した、だと……」
「本当に、ユニークを……?」
「確かだ」
シャルルが頷く。
「魔石も回収できている」
「……待ちな」
リディが、片手を上げた。
ざわめきかけたギルド内が、再び静まる。
彼女は、ひとりひとりの顔を確かめるように視線を巡らせた。
「ユニーク個体を撃破した、という報告を――」
「軽々しく流すつもりはない」
その声は低く、重かった。
「今回の依頼は、本来“調査”だった」
「調査が主目的で、討伐は想定外」
「それが、結果的に巣穴の最深部まで踏み込み」
「進化個体に加え、トロルまで相手取った」
「ユニーク個体まで撃破」
リディは、ゆっくりと息を吐く。
「正直に言えば――」
「無事に戻れたこと自体が、異例だよ」
周囲の冒険者たちも、黙って頷いた。
誰もが分かっている。
この規模の敵構成で、死者が出なかったことが、どれほど難しいかを。
「……評価を、改める必要があるね」
そう言って、リディは帳簿を開いた。
「今回の件は」
「単なる依頼達成じゃない」
「ギルドとしても、重要な情報を得た」
ペン先が、紙を走る。
「巣穴拡張までの異常な速さ」
「ユニーク個体の情報」
「トロルを従える事例」
「そして――」
一瞬、言葉を区切る。
「討伐に至り、危機を退けた」
視線が、ジキルたちに向けられる。
「これは、正式に“高難度案件”として扱う」
「報酬も、当初の契約とは別に支給する」
どよめきが起きた。
「あとは――」
リディは、シャルルを見る。
「ケットシーたちを無事に保護したこと」
「ギルドとしても礼を言うよ」
シャルルの表情が、ほんのわずかに緩んだ。
「……当然のことをしただけだ」
短く、そう返す。
「それができる者ばかりじゃないさ」
リディは、微かに笑った。
ギルド内の空気が、少しだけ和らぐ。
緊張の奥にあった“死線を越えた実感”が、
ようやく形になり始めていた。
その時――
ギルドの入口が、再び開いた。
「おう、報告は終わったか?」
聞き覚えのある声。
酒場で会った、あのベテラン冒険者だった。
「戻ったか」
リディが頷く。
「こいつらの魔石、拾ってきた」
ベテランは袋を放り、
中身を確認したギルド職員が、思わず息を呑む。
「……すごい量ですね」
ジキルが袋を受け取る。
「助かった。礼として、三割――」
「いらん」
即答だった。
「調査が甘かったのは、俺たちだ」
「そのまま討伐に切り替えていれば」
「ここまでにならなかったかもしれん」
「結果論じゃよ」
「わしでも同じ判断をしたかもしれん」
「それに……」
ちらりと、ジキルたちを見る。
「自分たちで倒した分は」
「ちゃんと引いているさ」
ベテランの冒険者は、にっと笑う。
ジキルは一瞬、黙り込み、
やがて、深く頭を下げた。
「……恩に着る」
レン、ハル、グレン、シャルルも、それに続く。
「ところで」
ジキルが、ふと思い出したように切り出した。
「巣穴に、弓を持った個体はおったか?」
「いや」
ベテランは首を振る。
「俺たちが見た限り、いなかった」
「倒した中にも」
「逃した個体もいないはずだ」
ギルド内が、静まる。
「ジキル、どういう意味だい?」
リディが聞く。
「もちろん、戦闘の混乱で見失った可能性もある」
とジキルが前置きする。
「いや、グリーンベレーが使っていた弓がの」
「倒したあとに、何者かに回収された可能性があっての」
すべてのゴブリンたちが理性を失っていた中で起こったため、
知性の高いレッドキャップの可能性が高いと踏んでいる。
という説明をする。
「もし――」
ジキルは、言葉を選びながら続ける。
「仮に、弓を回収したレッドキャップがおったとしたら」
「かなり、危険かもしれん」
視線が集まる。
「手下でありながら、姿を現さず」
「戦闘中に弓だけを回収する行為」
「存在感だけ示し、こちらの行動を縛る意図があった可能性がある」
「……かなり知能が高い、ということか」
「そうじゃ」
「しかも、こやつらの捜索からも逃げ切っておる」
沈黙。
やがて、リディが口を開いた。
「……現時点では、推測だね」
「確実なのは”弓が無かった”、という事実だけ」
ジキルも頷く。
「承知しておる。念のための警告じゃ」
「よし」
リディは言う。
「再調査の依頼を出す」
「今回の件は、ここで終わりにしない」
そう言って、視線を和らげた。
「とりあえず、今回の報酬だよ」
「ゴブリンと」
「ユニークの構成石は、後で買取で良いかい?」
「うむ、収受をしてから後日持ってくる」
「はいよ」
そう言って、別の職員から受け取った報酬の入った袋をジキルに手渡した。
「――じゃあ」
「ナナ達のところに行くか」
シャルルが切り出す。
「精霊契約!」
レンが思い出したように言う。
「フーリーも心配だしね」
ハルも続いた。




