第2章 13話 シリィの違和感
坑道の奥で、戦闘音が重なっていく。
金属がぶつかる鈍音。
骨が砕ける、嫌な感触を伴う衝撃。
「……数が増えてきたな」
ジキルが短く吐き捨てる。
グレンは盾を構えたまま、一歩も引かない。
狭い坑道では、その巨体が壁そのものだった。
突っ込んでくるゴブリンを弾き、叩き、押し返す。
「統制が取れてきています」
グレンの声は冷静だった。
「ただの混乱ではありません」
「分かっとる」
ジキルは、掌に魔力を集める。
「誰かが、指示しとる」
その瞬間だった。
「フーリー」
ジキルが、即断する。
「おぬしは捜索に回れ」
「ここはワシとグレンで抑える」
一瞬の迷い。
だが、フーリーは強く頷いた。
「必ず、見つける」
さらに激しい衝撃音が響いた。
ジキルの魔力が弾け、空気が焼けるように震える。
「来るぞ……!」
グレンの盾に、複数の衝撃が一斉に叩きつけられた。
骨と金属がぶつかる、鈍く嫌な音。
だが、グレンは一歩も退かない。
その背後に、誰も通さないという意思が、はっきりとあった。
「……押し返せ」
低く、短い命令。
ジキルの放った魔力が坑道を走り、
ゴブリンの悲鳴が重なって消える。
その隙を縫うように――
フーリーは走った。
枝道を曲がるたび、距離が削れていく。
血の匂い、土の湿り気、風の向き。
胸の奥が、嫌な予感で締めつけられる。
それでも、足を止める理由はなかった。
*
――近い。
シリィは、確信していた。
坑道を満たす風の流れが、変わった。
敵意のない、しかし確かな“気配”。
(……来てる)
それが、一つ目の違和感の正体だった。
「……ルゥ」
『もう少し』
いつもより、穏やかな声。
『ちゃんと……近づいてる』
だが、その光が、ふっと揺らいだ。
ルゥは、はっきりと感じ取っていた。
シリィの魔力が、限界に近いことを。
「……シリィ」
喉が詰まる。
「もう、無理しないで……」
一瞬の沈黙。
『……聞いて』
シリィの声は、静かだった。
『このまま隠れていたら』
『助けが来る前に、わたしが消える』
ルゥは、息を呑む。
『だったら』
『“気づいてもらう”方が、いい』
「……っ!」
『怖がらないで』
『きっと、うまくいく』
精霊の光が、わずかに強まる。
「……分かった」
『大丈夫……よ』
『絶対に』
ルゥが頷き、シリィを抱きかかえる。
「――誰か……!助けてっ!!」
ルゥが、意を決して叫んだ。
空気が、わずかに震えた。
坑道の闇に吸われ、
岩に反響することもなく、すぐに消える。
ルゥは、ぎゅっと目を閉じる。
(……届いて……)
シリィも、ルゥもそれ以上声を出さなかった。
出せなかった。
*
「……今の」
ナナが、足を止めた。
耳が、微かに動く。
「……気のせい?」
一瞬遅れて、フーリーも立ち止まる。
目が、鋭く細められた。
「……いや」
低い声。
「聞こえた」
「え……?」
「声だ」
「ほとんど音にもならないくらい小さいが」
ナナは、即座に振り返った。
「ハル! レン!」
「今の、聞こえた?」
「いや」
レンは首を振る。
「……私たちにだけ、か」
ナナは確信する。
「ケットシーの耳だから……」
「偶然だな」
フーリーは短く言う。
「でも、間違いない」
「行こう」
ナナは迷わなかった。
「ルゥ……必ず……」
フーリーは、すでに走り出していた。
*
岩陰の向こう。
近くにいたゴブリンが声に反応する。
ゴブリンの影が、ルゥへと伸びる。
――間に合わない。
ルゥはシリィを優しく抱きしめて目を閉じる。
そう思った瞬間。
「――どけぇっ!!」
フーリーが、身体ごと突っ込んだ。
ゴブリンを弾き飛ばし、その爪が背を裂く。
「フーリー……?」
ルゥの声。
「大丈夫だ!」
血を流しながらも、立つ。
「……妹は無事だ!」
次の瞬間。
風が唸った。
レンの剣が閃き、ハルの光が重なる。
二体、三体。
ゴブリンが倒れる。
「ルゥ!」
ナナが駆け寄る。
「大丈夫!?」
ルゥは、震えながらも頷いた。
「……うん、ナナまで」
「なんで……」
その時――
「まずい」
シャルルが、岩陰から姿を現す。
「ゴブリンが、集まってきてる」
「早すぎる」
レンが歯を食いしばる。
「撤退だ」
シャルルは即断した。
「ジキルとグレンを呼び戻す」
だが。
次の部屋に入った瞬間、全員が息を呑んだ。
ゴブリンが――集結している。
逃げ道を塞ぐように、円を描く。
「……倒さないと、出られない」
ハルが呟く。
その中心。
赤い頭巾のように、血色の濃い頭部。
骨や羽根を繋いだ奇妙な装飾。
杖のようなものを持ち、低く呪詛を刻む。
「……レッドキャップなのか?」
シャルルが、低く言った。
シリィが、震えた。
(……これが、二つ目)
ただの進化個体ではない。
意思と個性を持った存在。
「これは、ユニーク個体だ」
シャルルが告げる。
「ユニーク個体?」
「進化した個体が、さらに“個”を得た」
「やっぱり、強いのか?」
「おそらく……な」
坑道の空気が、張り詰める。
逃げ場はない。
敵は、強い。
だが――
全員が、まだ立っていた。
救出は、ここからが本番だった。




