第2章 12話 追う者、逃げる者、探す者
入り口付近。
坑道の中は、思った以上に静かだった。
水滴が落ちる音が、やけに大きく響く。
元は人の手で掘られた坑道だ。壁面は比較的整っているが、ところどころが崩れ、ゴブリンの手で無秩序に広げられた痕跡が見える。
「……枝道が多いな」
シャルルが、足を止めずに低く言った。
小規模だったはずの坑道は、すでに“巣”へと変質し始めていた。
「うむ」
「ただ、今のところ隠れるようなところは無いの」
入り口付近の枝道はすぐに行き止まりになっていた。
侵入者を迎撃するために作った、奇襲用の穴だろうとジキルは言う。
少し進むと少し大きな“部屋”の前に辿り着く。
空気が明らかに変わった。
低い鳴き声。
乱雑な足音。
複数のゴブリンが、行ったり来たりを繰り返している。
「……慌ただしいな」
シャルルが、岩陰から様子を窺いながら言った。
ゴブリンたちは、武器を構えたまま、坑道の壁や床を嗅ぎ回っている。
獲物を追う時の動きとは、少し違う。
「何かを」
ハルが、喉を鳴らす。
「……探してる動き」
ナナの声には、確信があった。
「ルゥを探してるんだ」
レンも、同じ結論に至っていた。
逃げた。
しかも、完全には捕まえ直せていない。
だからこそ――
巣穴全体が、落ち着きを失っている。
「……急ぐぞ」
「逃げた可能性が高い」
ジキルも言う。
「ゴブリンの様子から」
「まだ“巣の中“を探しとるようじゃの」
「そう思います」
グレンも頷く。
「この先は、戦闘も避けられん」
レンがごくりと息をのむ。
「突っ込むか?」
シャルルの問いにジキルは頷く。
「もし、捕まっているのであれば」
「助けが来たとバレたら」
「殺される可能性が高い」
緊張が走る。
「ただ、捕まっているのであれば」
「どちらにしても、時間の問題です」
グレンが返す。
「強引に突破して助ける以外」
「方法がない」
ナナは拳を強く握る。
「じゃな」
「ワシら3人は先行して」
「最短で奥を目指す」
「シャルルは討ち漏らしたやつらを」
「その後ろで、おぬしらは“隠れている”ルゥを探せ」
ナナは強く頷く。
「ルゥ……」
「無事でいて……!」
「よし、行くか」
シャルルの声に気を引き締める。
ジキルとグレンが前を向き走りだした。
フール―も後に続く。
少し間を開けて、シャルルが動く。
最前線を走る三人と、後方を制するシャルル。
そして、脇道を探るレンたち。
自然と、それぞれの役割が分かれていく。
*
――暗い。
息を潜めているだけで、胸が痛い。
ルゥは、崩れた岩の隙間に身を縮めていた。
膝を抱え、尻尾を身体に巻きつける。
(……まだ、いる)
坑道の向こうから、足音が聞こえる。
数が多い。
さっきより、明らかに。
「……シリィ」
囁くように呼ぶ。
肩のあたりで、淡い光がわずかに揺れた。
『なに』
相変わらず素っ気ない声。
でも――
その光は、もうはっきりと弱っている。
「……もう魔力ないよね」
一瞬の沈黙。
『別に』
強がりだ、と分かる。
「もう“気配を消すの”解いて」
胸が、きゅっと縮む。
『そんなの、すぐに捕まるわよ』
「でも……」
『まだ大丈夫だから』
「……ごめん」
小さく言う。
『謝らないで』
すぐに返ってきた。
『助けはくるから』
足音が、近づく。
苛立った唸り声。
岩を叩く音。
探している。
今度は、本気で。
(……見つかったら)
その先を考える前に、光がわずかに前へ出た。
『大丈夫』
『まだ、隠れられる』
ルゥは、唇を噛む。
「……でも」
「シリィ、消えちゃいそう」
一瞬、間が空いた。
『……消えない』
声は、少しだけ低かった。
岩陰の奥で、精霊の光が微かに強まる。
――それでも、限界が近いことは、隠しきれていない。
ルゥは、そっと目を閉じた。
(……お願い)
(早く……)
(誰か……)
一方でシリィは違和感を、感じ取っていた。
“二つ”の違和感を――
「ここにもいない」
レンの言葉にハルとナナが頷く。
レンが次の場所へ動こうとした時にすぐに戦闘音が聞こえだした。
音があった方向に向かって、周りを探しながら歩を進める。
辿り着いた場所の、
床には、灰になったゴブリンと、転がる魔石だけが残されていた。
戦闘は、一瞬で終わったらしい。
ナナは部屋を見渡す
「進みましょう」
通り道にある魔石だけ拾いながら、脇道を丁寧に探す。
すると、少し先の方から、ジキルの声が聞こえた。
三人は急いで、ジキルのところまで足を急がせた。
少し大きい部屋だった。
地面や壁が、不自然に抉れている。
足もとには複数の魔石。
壁面には、亀裂が走っていた。
「戦闘跡です」
グレンが、即座に断じる。
「スキルが使われてる」
レンは壁際に近づき、指で傷跡をなぞった。
抉られているのに、焦げも砕けもない。
まるで――空気そのものが、削り取ったような跡。
「……シリィだ」
ナナの声が、震えた。
「ルゥを守るために……」
「ルゥは、まだ――生きてる」
その先。
戦闘跡は、まだ続いている。
だが――
痕跡は、確実に弱くなっていた。
(……時間がない)
シリィの魔力は、無限じゃない。
しかも、契約者であるルゥの魔力も、すでに尽きかけているはずだ。
「……行こう」
レンが、低く言った。




