第2章 7話 戦闘
冒険者ギルドを出ると、昼下がりの光が石畳に落ちていた。
掲示板の前で受け取った依頼書を、レンは改めて手に取る。
「……あの」
歩きながら、レンは首を傾げる。
「この依頼書なんですけど」
「正直、どこをどう見ればいいのか、まだよく分からなくて」
シャルルが肩越しに覗き込み、親指で紙の上をなぞった。
「じゃあ、ついでに教えとくか」
「冒険者の基礎だからな」
依頼書の写しの一番上を指す。
――《街周辺の小型魔物掃討》
「ここが件名だ」
「要するに、“何をする依頼か”が一目で分かる」
「今回は街の周囲に出た雑魚の掃除」
次に、少し下。
――受注制限:なし
「これは?」
レンが聞く。
「制限なしってのはな」
「この依頼が掲示されてる間は、誰でも何度でも受けていいって意味だ」
「討伐数は個別カウントだから、取り合いにはならない」
「なるほど……」
――ランク:E
「これが最低受注ランク」
「個人でもパーティでも、ここを下回ると受けられない」
レンは、自分とハルのプレートを思い出す。
Fランク。
だが今回は、パーティランクで問題ない。
――証明:構成石の納入
「証明って?」
レンが首を傾げると、今度はハルが答えた。
「魔物を倒すと、残る結晶があるでしょう?」
「それを“魔石”と呼ぶけど」
「収受を行ったあとに残る石だけの部分のことを、構成石って呼ぶの」
「討伐証明を兼ねてるんだ」
シャルルが補足する。
――達成数:20体
「これが、達成条件」
「この場合、魔物を二十体倒して、その構成石を納めれば完了だ」
最後に。
――報酬:2銀
「2銀って、どれくらいなんですか?」
レンの素朴な疑問に、ジキルが答えた。
「通貨はな」
「下から、銅 → 小銀 → 銀 → 大銀 → 小金 → 金 → 聖金」
「それぞれ十枚で繰り上がる」
「2銀は」
「そうじゃのぅ」
「グレンよ」
「はい?」
「この前の酒場はいくらじゃった?」
「……全員で、3銀と少しでしたね」
前日の酒場で、グレンがご馳走してくれたことを思い出した。
慌てて礼を言うと、昨日も丁寧な礼をされたとグレンは言った。
「まあ、そんなもんじゃ」
「まあ、一般的に、一人が街で暮らすのに2大銀くらいじゃな」
「……まあ、でも、似たようなものか」
レンは、依頼書を折りながら独り言を言う。
ざっくりと、元の世界の通貨に直すと”銅”が百円、”銀”が一万円くらいなのであろう。
「じゃあ、行くか」
シャルルが言う。
*
街道を外れ、低い丘と草地が広がる一帯に入る。
遠くには、セルトゥールの外壁が見えた。
「ここから先は、俺が前に出る」
シャルルが短ねの剣を軽く回す。
「索敵役だ」
グレンは頷き、後方を固める。
ジキルは、少し離れた最後尾を歩いていた。
「儂は、今日は手を出さん」
ジキルが、穏やかに言う。
「口は出すがな」
「指導役ってやつだ」
シャルルが笑う。
少し進んだところで、シャルルが手を上げた。
「止まれ」
低い声。
全員が足を止める。
「前方、窪地」
「……ゴブリンだな」
草陰の向こう。
緑がかった小柄な影が、わらわらと動いている。
「数は……八」
「武装は粗末だが、油断は禁物だ」
レンの喉が、無意識に鳴った。
初めての実戦。
胸が早鐘を打つ。
「レン」
ハルが、静かに声をかける。
目が合う。
「大丈夫」
「一緒に」
レンは、ゆっくりと息を吐き、頷いた。
「……うん」
「配置だ」
シャルルが手短に指示する。
「正面から行く」
「レンが前、ハルは後ろ」
「グレンは万一の時の壁」
「儂は……」
ジキルが肩をすくめる。
「見ておる」
合図はなかった。
レンが一歩、踏み出した瞬間だった。
「――来る!」
ゴブリンの一体が気づき、甲高い声を上げる。
それを合図に、残りも一斉に動いた。
「っ!」
レンは剣を抜く。
身体が、思ったより自然に前に出た。
最初の一体。
振り下ろされる棍棒を、剣で受け流し、横薙ぎ。
手応え。
倒れた。
「いい!」
ジキルの声が飛ぶ。
「構えが崩れておらん!」
二体目、三体目、四体目。
数で押そうとするゴブリンたちに、ハルが詠唱を重ねる。
「――光縛」
光が走り、ゴブリン三体が光の輪に縛られた。
「レン、今!」
ハルの声。
レンが踏み込み、連続して斬り伏せる。
呼吸は荒いが、恐怖よりも集中が勝っていた。
背後に回ろうとした一体を、グレンが盾で叩き伏せる。
「背中は任せなさい」
数は、減っていく。
残った三体が逃げようとした瞬間、
シャルルの放った矢が、その足元を縫い止めた。
レンが止めを刺す。
――静寂。
草地に倒れる、八体のゴブリン。
「……終わった」
レンは、剣を下ろした。
――その、次の瞬間だった。
地面を蹴る、軽い音。
風を裂くような気配が、三つ。
殺気も、遅れて届く。
それほどまでに、近づかれていた。
「――っ!」
草むらが弾けるように揺れ、白い影が跳ぶ。
長い角を持つ小型の魔物が、三体同時に空を切った。
「しまっ――!」
シャルルが、反射的に声を漏らす。
グレンもまた、盾を構えるのが一拍遅れた。
油断していたのは、レンだけではない。
戦闘が一区切りついた――
そう思った、その瞬間を狙われた。
「ハル!」
レンは考えるより先に動いた。
跳躍の軌道上に、ハルがいる。
レンは身体を滑り込ませ、前に出る。
衝撃。
鋭い角が、脇腹を掠めた。
息が詰まり、視界が一瞬白くなる。
「ぐっ……!」
踏みとどまる。
致命傷ではないが、確実に食らった。
「レン!」
ハルの声が、すぐ傍で震えた。
一角を持つ兎の姿をしたモンスターは、着地と同時に体勢を整える。
次の跳躍――
二度目こそが本命。
「――させん!」
低く唸るような声。
グレンが、前に出る。
遅れを自覚していたからこそ、動きは迷いがなかった。
大盾が、正面から突進を受け止める。
金属と角がぶつかり合い、鈍い音が響いた。
「……速いな」
吐き捨てるように言う。
跳ね返された一体が、空中でわずかに姿勢を崩す。
「――今だ!」
シャルルが、踏み込んだ。
魔物の動きを見極めた、無駄のない斬撃。
白い影が、地に落ちる。
残る二体も、グレンの盾に行動を封じられる。
刹那。
連携が噛み合った。
逃げ場を失ったモンスターは、次々と倒れ伏す。
「集団戦は」
シャルルが息を整えながら言う。
「大体、こういう“ふいうち”から始まる」
再び、静寂。
レンは、剣を支えに息を吐いた。
グレンは盾を下ろし、
シャルルも剣を収める。
「今回は、俺たちも一瞬甘かった」
「小型だからって、舐めると痛い目見る」
ハルが、レンに手を伸ばす。
その指は、ほんの少し震えていた。
「……守ってくれて、ありがとう」
レンは、苦笑する。
「上手くいかないものだね」
初めての実戦。
勝利はしたが――
戦いは常に、不意打ちから始まる。
レンはその現実を、胸に刻んだ。
「まあ、危ないところもあったが」
「初陣としては、上出来じゃ」
ジキルが、満足そうに頷く。
ハルは、そっと胸に手を当てる。
生きている。
それを、はっきりと実感していた。
「とりあえず、気配はないな」
シャルルが周囲を見渡す。
「二十体まで、まだ先は長いぞ」
ジキルが言う。
レンは、魔石を拾い上げながら、小さく笑った。
「……はい」
「でも」
「何とかなりそうな気はします」
最初の一歩は、確かに踏み出された。




