序章3
「それでは、転移の準備とアストラルボディとの接続を始めます」
神様は、少し張り切った口調でそう告げた。
「そこの光の上に座ってください」
振り返ると、斜め後方に円形の光の陣が出現していた。
「座っていただいたら、少々お待ちいただきます」
「その間に、可能な範囲で質問にお答えしましょう」
神様は何かを操作しているのか、こちらを見ずに言った。
「……そうですね」
恐る恐る光の上へ移動しながら、思い浮かんだ疑問を口にする。
「なぜ、私が選ばれたのですか?」
「理由は単純です。健康であること、そして説得できる可能性が高いこと」
あっさりとした答えだった。
「あなたのように、“行って帰ってくる理由”を持てる人を探していました」
どうやら、私に特別な力があるわけではないらしい。
「神社を掃除していたから……とかでは?」
「ふふ、それは関係ありません」
神様は少し頬を緩める。
「そもそも私は、神社というものに所縁がありませんから」
善行への報酬、というわけでもなかったようだ。
「こちらの世界の神様は、何か言わないんですか?」
「この世界には神……正確には管理者はいません。世界が安定していますので」
「転移先は、どんな世界なんですか?」
「こちらの世界のファンタジー小説やゲームを想像していただければ」
「……モンスターのような存在も?」
「ええ、もちろん」
心臓が、わずかに早鐘を打つ。
「戦ったことなんて、ありませんが……」
「戦える力は与えます」
私の呟きに、神様はすぐに言葉を重ねた。
「この世界では、生き物を殺す行為は特別に感じられるでしょう」
「ただ、それは環境がそう認識していないだけです」
「例えば、害虫を駆除するとき、強い罪悪感はありませんよね?」
「それは、“そういうものだ”という認識が共有されているからです」
「向こうの世界では、モンスターを倒すことが“普通”です。あなたも、いずれ慣れるでしょう」
一息もつかせぬ説明に、ただ頷くしかなかった。
「その……戦える力、というのは?」
自分でも分かるほど、声がわずかに弾んでいた。
「向こうの世界には、スキルとアビリティと呼ばれる力があります」
「それらを習得し、成長していくことで強くなります」
「何の準備もなく放り込めば、すぐに死んでしまいますから、最低限のものは最初から与えています」
「詳細は、アストラルボディの準備が整ってから説明しましょう」
「スキルとアビリティの違いは?」
「簡単に言えば、スキルは発動型、アビリティは常時効果ですね」
「モンスターは、どれくらい強いんですか?」
「一例ですが、弱いとされる【ゴブリン】というモンスターであっても」
「こちらの世界のチンパンジー程度の身体能力があります」
「それらが敵意を持ち、時には集団で襲ってくると思ってください」
背中に、ぞわりと寒気が走る。
「……今のままでは、到底無理ですね」
「その通りです」
「他にも、力を得る方法は?」
「向こうの世界には、“系譜”という概念があります」
「系譜……?」
「騎士、狩人、神官、探求者、契約者、導師、商人、生産者、芸術家、学者。これらが主な系譜です」
理解が追いつかないまま、説明は続く。
「モンスターを倒すと“魔核”を得られます」
「それを吸収すると、スキルシードという成長エネルギーに変換されます」
「それを賢者の石に捧げることで、系譜に応じた力を得られます」
「賢者の石……?」
「大きな水晶のようなものです。世界の根幹とも言えます」
「系譜は、一つだけですか?」
「通常は二つ。両親から一つずつ受け継ぎます」
「ただし、あなたは例外です」
神様は、私を見て言った。
「最大で五つまで選べます。転移者の特典ですね」
「……本来は二つなのに?」
「過去に到達した最大値に合わせています」
どこか楽しそうに、人差し指を頬に当てる。
「持っていない系譜の力は?」
「可能ですが、必要なエネルギーは増えます」
「一覧を用意しました。参考にしてください」
神様が指を広げると、空中に説明が浮かび上がった。
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【騎士】守護を司る信念の象徴
攻めと守りに秀でた系譜
バランスよくスキルやアビリティを習得可能で、武器による戦闘から攻撃魔法、
回復魔法など戦況に応じた対応が可能
【狩人】正義を司る破壊の象徴
モンスターを討伐することに秀でた系譜。
モンスターを討伐する点においては右に出るものはない
あらゆる武器による戦闘や、アイテムを使った戦略的な戦闘が得意
【神官】信仰を司る慈愛の象徴
守りや回復が得意な系譜
この系譜を持つ者がパーティにいれば生存率が大きく上がる
他では代用の効かないスキルも多く覚える
【探求】開拓を司る希望の象徴
冒険において必要なスキルが習得できる
未知の危険な冒険においてはこの系譜を持つ者がいないと
何もできず全滅してしまうと言われているほど重要な系譜
【契約】調和を司る奇跡の象徴
他者と契約することで力を発揮する系譜
モンスターや精霊、魔法生物などと契約し、
力を借りることができる系譜
【導師】理解を司る覇道の象徴
魔法に長けた系譜
戦況を覆すことのできる影響の大きいスキルを多く覚えることができ、
あらゆる局面でキーとなる系譜
【商人】栄誉を司る支配の象徴
富をもって人を支配する系譜
非戦闘職であるが、冒険に役に立つスキルも多く覚える
対象を理解することで戦闘も有利に進められる
【生産】創造を司る平穏の象徴
新たに物を作り出すことができる系譜
この系譜によって作り出された奇跡は
どんな状況も突破できる可能性を持つ
【芸術】表現を司る平和の象徴
他者に影響を与えることができる系譜
この系譜であれば戦わずして勝利することも可能
他者に与える絶大な影響は必ずパーティにとって有利に働く
【学者】知識を司る英知の象徴
賢者の石に干渉できる唯一の系譜
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空中に現れた”それ”を眺めながら考えるが、目的が曖昧なままでは方針が定まらない。
「……結局、私は何をすれば?」
率直に尋ねた。
「まあ、向こうの世界へ行き、こちらに戻ってくる。それだけです」
怪訝な表情を浮かべた私を見て、神様は続ける。
「あなたが、息子さんを救うために選び、行動すること。そのすべてに意味があります」
「そのためにも、モンスターを倒し、成長することは避けられません」
はっきりした答えではなかったが、これ以上は追及しなかった。
改めて聞いた息子の名前が、胸の奥で静かに響く。
――やるしかない。
そう思った。




