表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第二章 歩き出す者たち
27/46

第2章 4話 酒場にて

 杯がいくつか空になり、料理も半分ほど減った頃だった。

 

 会話は途切れがちになり、個室に落ち着いた沈黙が戻る。

 その沈黙を、グレンが破った。


「……皆さんは」

 低く、慎重な声だった。


「この町には、どのくらい滞在されるご予定ですか」


 ジキルは即答しなかった。

 一拍置いてから、穏やかに返す。


「数日、かの」

「情報を集めてから、次を決めるつもりじゃ」


「そうですか」

 グレンは杯に口をつけ、少しだけ間を作った。

 その仕草には、考える者特有の重みがあった。


「グレンさんはこの町で何を?」

 レンが問いかけた。


「……私は」

「巫女を探しております」


 個室の空気が、わずかに変わる。

 レンは反射的にハルの方を見そうになり、

 寸前で視線を止めた。


 ハルもまた、表情を変えない。


 シャルルだけが、軽く眉を上げた。

「巫女?」

「ずいぶん大きな話だな」


「ええ」

 グレンは否定せずに頷いた。


「もっとも」

「確かな手がかりがあるわけではありません」


 少しだけ、声が落ちる。

「この辺りで」


「“新しい巫女が現れたらしい”という噂を耳にしまして」

「まだ、噂の域を出ませんが」


 ジキルは、静かに杯を置いた。

「だが、それを追う理由があるようじゃな」


 その言葉に、グレンは一瞬だけ目を伏せた。

 警戒――ではない。

 だが、どこまで話すかを測っている。


 その時だった。


「……どうして」

 ハルが、静かに問いかける。


「巫女を探しているんですか」


 声は柔らかい。

 だが、逃げ場を与えない問いだった。


 グレンは、少し驚いたようにハルを見る。

 そして、ゆっくりと頷いた。


「……お話ししましょう」


「隠すことでは、ありません」

 背筋を正し、静かに語り始める。


「私は」

「ハートランド家という、オークの貴族の家に生まれました」


 シャルルが小さく息を呑む。

 レンも、黙って続きを待った。


「オークの貴族には、しきたりがあります」

「血縁の中から」

「最も強い者が、次の当主となる」

 拳を、ゆっくりと握る。


「私の父は」

「悪魔との防衛戦争で戦績を挙げ」


「次期当主に選ばれました」

 誇りではない。

 事実を述べる声だった。


「……ですが」

 一拍。

 空気が、重く沈む。


「もともと当主になる可能性があった者が」

「嫉妬から、禁を破ったのです」


 ハルが、息を吸う。


「悪魔を――呼び寄せました」

 その一言で、全てが繋がった。


「領地は半壊しました」


「民は傷つき」


「ハートランド家は、没落した」


 グレンは、俯かない。

 だが、声はわずかに低くなる。


「その噂は、広まりました」

「“オークは愚かだ”」

「“力しか見ないから、自滅する”」


 苦笑が浮かぶ。

「……否定できない部分も、あるのでしょう」

 すこしの間、静寂が支配する。


 そして、グレンははっきりと言った。

「だから私は」


「悪魔を倒します」

 迷いのない声だった。


「騎士として」

「そして、オークとして」

 拳を胸に当てる。


「奪われた誇りを」

「血ではなく、行いで取り戻すために」

 しばらく、誰も口を開かなかった。


 最初に動いたのは、ジキルだった。

「……重い旅じゃな」


「承知しております」


 レンは、グレンをまっすぐ見た。

 そこに、憐れみはない。


「大変だったんですね」

 それだけだった。

 

 だが、グレンの目がわずかに見開かれる。

 ハルが、静かに言う。


「でも」

「あなたは、逃げていない」


 グレンは、ゆっくりと頷いた。

「……はい」


 短い沈黙のあと、ハルが小さく息を整えた。

 視線を伏せたままではなく、まっすぐにグレンを見る。


「……グレンさんは」

「勇者になるつもりだったのですか」


 個室の空気が、再び引き締まる。


 シャルルが何か言いかけたが、ジキルが視線だけで制した。

 グレンはすぐには答えず、杯の縁に指を添えた。


「私も」

「勇者になる可能性を、考えなかったわけではありません」


 視線を伏せ、淡々と語る。


「勇者として巫女と契約するには」

「原則として、同じ種族である必要があります」


「……私は、オークです」

 事実を述べる声だった。


「オークの巫女という存在は」

「理論上は、否定されていません」


「ですが」

「記録に残る例は、ありません」


 わずかに、肩をすくめる。


「もし」

「オークの巫女が現れたなら」


「私は、迷わず契約するでしょう」

 だが、と続ける。


「現実的に」

「巫女がオークである可能性は、極めて低い」


「だから」

「悪魔と向き合う者の隣に立つ」


「それが、私にできる最短の道だと考えています」


 その言葉に、ハルが小さく息を吸った。

「……そう、ですか」


 そして、一瞬だけレンを見る。

 目が合う。


 レンは、静かに頷いた。

 ハルは、覚悟を決めたように、グレンへ向き直る。


「……グレンさん」

「実は、私たち」


 一拍。


「私は、神託の巫女です」


 個室が、完全に静まり返る。


 グレンの目が、わずかに見開かれる。

 驚きはある。だが、混乱はない。


 その隣で、レンが続けた。


「俺が、勇者です」

 言い切りだった。


 グレンは、しばらく二人を見つめていた。

 猪の顔に、ゆっくりと理解が広がっていく。


「……なるほど」

 深く、息を吐く。


「未契約の巫女と聞いておりましたが」

「すでに契約が済んでおりましたか」


「実は……」

 レンは、契約に至るまでの経緯を簡潔に語った。


 ハルをバロン帝国に差し出すか、

 それとも、村が悪魔に滅ぼされるか。

 その二択しか、残されていなかったことを。


 少しだけ間が空いた。

 その沈黙を、ハルが引き取る。


「……私」

 声は、静かだった。

 だが、はっきりと震えている。


「本当は」

「誰とも、契約するつもりはありませんでした」

 グレンの視線が、わずかに動く。


「巫女は」

「悪魔を倒せなければ、三十歳までしか生きられない」


「それは、最初から決まっていることです」

 指先を、きゅっと握る。


「だから私は」

「巫女としての“義務”を放棄して」

「誰とも契約せずに、静かに終わるつもりでした」


「でも」

 ハルは、ゆっくりと顔を上げる。


「逃げ場がなくて」

「選択肢が、どんどん消えていって」

 小さく、息を吸う。


「……あの時」


「私が行くか」

「契約するしか」

「村を救う方法が、なかった」


 レンを見る。


「それでも」

「私は、躊躇いました」


「勇者との契約が」

「どれほど残酷か、知っていたから」

 声が、ほんの少しだけ低くなる。


「レンは」

「ただ、巻き込まれただけの人でした」

 その言葉に、重みが宿る。


「それなのに」

「レンは」

「勇者になる道を、選んだ」

 視線を逸らさない。


「逃げなかった」

「私を、村を」


「“自分のせいじゃない”からって、切り捨てなかった」


「その選択が」

「村と私を救いました」


 はっきりと、言い切る。


「だから」

「この契約は」

「偶然でも、勢いでもありません」

 胸に、そっと手を当てる。


「誰かを救うために選ばれた道です」

 グレンを見る。


「レンが、勇者でなければ」

「私は、今ここにいません」


 グレンは、レンを見る。

 その視線に、探る色はなかった。


「正直に言えば」

「勇者が、どのような人物であっても」

「同行を願い出るつもりでした」

 

「……ですが」

 ほんのわずか、口元が緩む。


「あなたが勇者で」

「――良かったと思います」


 拳を胸に当てる。


「改めて、願い出ます」

「よろしければ」


「あなた方の旅に、同行させていただきたい」


 五つの杯が、静かに重なった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ