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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥


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第2章 1話 出発

 朝靄が、村を薄く包んでいた。


 まだ日が完全に昇りきる前だというのに、村の中央には人影が集まっている。


 荷を背負い、武器を整え、必要最低限の準備だけを済ませた四人の前に、村人たちが並んでいた。


 見送り――というには、あまりにも静かだった。

 誰も大声で励ましはしない。

 誰も無理に笑顔を作らない。

 ただ、それぞれのやり方で、視線を送り、頭を下げ、胸に手を当てている。


「……行くのか」

 年配の男が、ぽつりと呟いた。

「行きます」

 レンは、短く答えた。


 勇者だと名乗るつもりはなかった。

 まだ、その実感がない。


 ハルは、村長の前に立ち、深く頭を下げる。

「ここまで、守ってくれてありがとうございました」


 村長は、杖に手を添えたまま、ゆっくりと首を振った。

「守ったのは、お前自身じゃ」

「そして、選んだのもな」


 一瞬だけ、厳しい顔になる。

「忘れるな」

「力を得るほど、世界は優しくならん」

「だが」

「選び続ける限り、お前は“道具”ではない」


 ハルは、唇を噛みしめ、頷いた。


 シャルルが、気まずそうに頭を掻く。

「……あー」

「湿っぽいのは、ここまでだ」

「行くぞ」

 その声に、少しだけ空気が緩む。


 ジキルは、最後に村全体を見渡した。

 砦。

 畑。

 子どもたちの家。

「必ず、戻るとは言わん」

「だが」

「無駄にはせん」

 それだけ言って、背を向けた。


 村を出る道は、細く、森へと続いている。

 一歩踏み出すごとに、背後の気配が遠ざかっていく。

 振り返れば、まだ戻れる気がした。

 だが、誰も振り返らなかった。


 しばらく歩いてから、シャルルが言う。

「……なあ」

「何?」

 ハルが応じる。

「本当に、始まったな」

 レンは、思わず苦笑した。

「ちょっと前まで、地下に隠れてたんだぞ」

「急すぎる」

「勇者ってのは、そういうもんだ」

 ジキルが淡々と返す。

「準備が整ってから始まるわけじゃない」


 レンは、無意識に胸に手を当てた。

 契約の感覚は、まだ残っている。

 鼓動が、少しだけ重なっている気がする。

 だが。

「……やっぱり」

「勇者になったって感じは、しないな」

 ハルが、隣で小さく笑った。

「私も」

「巫女って言われても、昨日と何も変わらない」

「変わったのは」

 シャルルが言う。

「逃げ道がなくなったことくらいだな」

 沈黙。

 だが、不思議と重くはなかった。


「この先、川があるはずだよね」

 ハルが沈黙を破るように声を上げる。


「地図だと、そうだな」

 少し考えてから、ハルが言う。

「じゃあ、そこで一度休もう」

「……レンは、それでいい?」

「うん。そうしよう」


 しばらくすると、川が見えてきた。

 ほっとした空気が広がる。

 川の近くで、最後に腰掛けたシャルルが口を開く


「……なあ」

 

 レンとハルが同時に振り返る。

「さっきから気になってたんだが」

 シャルルは、にやりと口の端を上げた。

「お前らさ」


「距離感、急に縮まりすぎじゃねぇか?」

「……は?」

 レンが眉をひそめる。

 ハルは、きょとんとした顔をしていた。


「何の話?」

「いやいや」

 シャルルは指を立てて、ハルを指す。

「ハル」

「お前、さっきからずっとレンのこと呼び捨てだろ」


 一瞬。

 ハルが、ぴたりと固まった。


「……え」

 そこで初めて、自分の言葉を思い返したのか、視線が泳ぐ。

「……あ」

 レンも、少し遅れて気づく。

 確かに。

 名前で呼ばれている。

 しかも、当たり前のように。


「……い、嫌だった?」

 ハルが、恐る恐る聞いてくる。

「いや、別に……」

 レンは咳払いを一つした。

「気にしてなかった」

「ほらな」

 シャルルが、面白そうに肩を揺らす。

「何があったんだろうなぁ」

 

「ちがっ――!」

 二人の声が、重なった。

 シャルルは腹を抱えて笑った。


「冗談だ冗談」

「でもよ」

「契約までしといて、今さら距離測っても意味ねぇだろ」


 ハルは、頬を少し赤らめながら、小さく視線を逸らす。

「……名前で呼んだ方が」

「ちゃんと、隣にいる感じがするから」

 ぽつりとした言葉だった。


 レンは、少しだけ驚いてから、静かに頷いた。

「……うん」

「そのままでいい」

「おーおー」

 シャルルが、わざとらしく天を仰ぐ。


「朝からいいもん見せてもらったな」

「うるさい」

 ハルが言うと、シャルルは肩をすくめた。


「ま、いいさ」

「呼び方一つで、覚悟が見えることもある」

 その一言に、ハルが小さく息を吸う。

 そして、もう一度、はっきりと名前を呼んだ。


「……レン」

 その声は、まだ少しだけ緊張していたが。

 確かに、“並んで歩く人”の呼び方だった。


 シャルルは、満足そうに頷く。

「よし」

「行くぞ、“勇者様”」

「それはやめろ」

 即座に返ってきたレンの声に、四人の間に小さな笑いが落ちた。


 レンは、前を見据える。

 元の世界。

 息子。

 帰る方法。

 まだ何も分からない。


 森の奥から、風が吹いた。

 それは、歓迎でも警告でもない。

 ただ、この世界が「進め」と言っているような、無言の圧だった。

 

 レンは、静かに歩を進める。

 ハルが、その隣に並ぶ。

 シャルルとジキルが、少し後ろにつく。


 こうして。

 勇者と巫女は、物語の中心へと足を踏み入れた。

 まだ名も知らぬ敵も、

 まだ辿り着かぬ答えも、

 すべては、この先にある。

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