第1章 終話 新たなる旅立ち
翌朝、砦に朝の光が差し込むころ、ジキルは村の集会所に立っていた。
昨夜の緊張が嘘のように、村人たちは不安と期待の入り混じった顔で集まっている。
「……騎士団は、引き返した」
ジキルの第一声に、ざわりと空気が揺れた。
「追撃はない」
「巫女を探す理由も、もうない」
「少なくとも、当面はな」
誰かが、安堵の息を漏らす。
誰かが、信じられないというように天を仰ぐ。
「村は、守られた」
ジキルは、そう言って一拍置いた。
「だが」
低く、続ける。
「それは、永遠じゃない」
視線が、一斉に集まる。
「勇者と巫女が、この村に留まれば」
「いずれ、別の形で目をつけられる」
「だから――」
そこで、レンが一歩前に出た。
「オレたちは」
「ここを出ます」
静かな声だったが、よく通った。
「強くなるために」
「そして」
「元の世界へ帰る方法を探すために」
村長が、ゆっくりと頷く。
「……数日は、まだここにいなさい」
「準備も、心の整理も必要だ」
「村として、できる限りの支度は整える」
レンは頭を下げた。
ハルも、隣で深く礼をする。
*
それからの数日は、穏やかだった。
ハルは、村長のもとでスキルを学んでいた。
神託の力とは別の、実践的な力。
傷を癒し、火を灯し、水を動かし、風を感じ取る。
「力に頼るな」
「感じろ」
「スキルは、命令じゃない」
村長の言葉に、ハルは何度も失敗し、何度もやり直した。
それでも、不思議と表情は明るかった。
一方、レンはジキルとシャルルに囲まれていた。
「構えが甘ぇ」
「力を入れるな、抜け」
「足だ、足を止めるな」
剣を振り、避け、転び、また立つ。
身体は悲鳴を上げていたが、不思議と嫌ではなかった。
「……勇者になった実感は?」
休憩中、シャルルが聞く。
「ない」
即答だった。
「正直、昨日と何も変わってない」
ジキルが、ふっと笑う。
「それでいい」
「勇者とは、肩書きじゃない」
「生き残って、選び続ける者のことじゃ」
*
夕暮れ時、三人は集会所の外で並んで座っていた。
「旅には、ワシらも同行する」
ジキルが言う。
「当然だろ」
シャルルが肩をすくめる。
「放っておけるか」
レンは、驚きと安堵が混じった顔で二人を見る。
「……ありがとう」
「でも、危険らしいよ?」
「今さらじゃ」
「どうせ、もう無関係じゃない」
シャルルは、空を見上げる。
「それに」
「肝心の勇者が弱いんじゃあな」
「死にに行くようなもんだ」
その言葉に、ハルが小さく笑った。
「……ありがとう」
素直な声だった。
*
夜。
静かな部屋で、レンは一人考えていた。
元の世界。
息子。
戻る条件。
まだ何一つ、はっきりしていない。
だが、確信だけはあった。
――探さなければならない。
――悪魔のことも、この世界の仕組みも。
――そして、“帰る方法”を。
勇者になった実感は、まだない。
だが、進む理由だけは、もう揺らがなかった。
数日後。
四人は、村を出る。
それは、戦いの始まりではない。
だが確かに、
元の世界へ帰るための、本当の旅の始まりだった。
(第一章 勇者と神託の巫女 完)




