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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第一章 勇者と神託の巫女
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第1章 15話 揺れる意志

 その言葉は、胸の奥に深く突き刺さった。

 ――誰も巻き込まない死に方。

 それが、この少女が選び取った、たった一つの自由なのだと、否応なく理解してしまう。


 そして、それが今崩れようとしている。

 だからせめて、自分の周りを巻き込まない死に方を選ぼうとしている。


 地下の薄暗がりの中で、私は言葉を失っていた。


 沈黙が、長く続く。

 やがて、私の口から、絞り出すように声が漏れた。


「……それでも」

 シルフィの肩が、ぴくりと跳ねる。


「それでも、オレは」

 自分でも、何を言おうとしているのか分からなかった。


 ただ、このまま「分かった」と頷いてしまえば、目の前の少女が選んだ結末を、

 悲惨なその結末を肯定することになる。


 それだけは、どうしても出来なかった。


「シルフィが死ぬって分かってて」


「何もしないで、見送るって選択は」

 喉が、痛む。

「……オレには、出来ない」


 シルフィは、唇を噛んだ。

「出会って数日の、ただ巻き込まれただけのあなたがする理由はない」

 鋭い言葉だった。


「理由はあるよ」


「オレは、息子を救うために、この世界に来た」

「自分を犠牲にしてでも、救いたいと思った」


「……もしかしたら」


「息子を救うためには、悪魔を倒さないといけないかもしれない」

「選択肢として存在しているなら……」


 シルフィは、何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 代わりに、ゆっくりと首を振る。


「……だとしても」

「本当にそれしか選択肢がないっていう状況にならないと」


「勇者になんかなっちゃだめだよ」

「絶対に今じゃない」


 静かな声だった。

 目が、わずかに潤む。


 地下の天井から、微かな水滴の音が落ちる。

 ぽつん、と響くその音が、時間の流れを思い出させた。


 私は、ゆっくりと息を吐いた。


「オレが勇者じゃ頼りないかもしれない」

「そういうことじゃない」


「いや、分かってる。ごめん」


「でも、やっぱり、騎士団に君が行くのは違う」


「一緒じゃない?あなたと死ぬか、知らない人と死ぬか」

「ただ、それだけの違い」


「でも、シルフィが言ってたよね」

「勇者も巫女も、今はただの道具だって」


「うん」


「オレは違う」

「何が違うのよ」

「この世界に来るときに言われたんだ」

「行って“戻ってくること”が目的だって」


「だからこそ……」

 シルフィの言葉を遮るように続けた。


「もし、悪魔を倒すことが、戻る条件になっているなら」

「方法があるはずなんだ」


「オレが悪魔を倒すことができるはずなんだよ」


「だから、それは、戻る条件が分かってからで……」

「分かったときにはシルフィはいないじゃないか!」


 シルフィの声は、かすれていた。

「それって」


「私の覚悟が間違ってるってこと?」

 シルフィは、両手を胸の前で握りしめていた。

 その指先が、白くなるほど強く。


「私の覚悟……」


「あなたを巻き込まない」


「知っている人、誰も、苦しまない」

 自分に言い聞かせるような言葉だった。


「それの、どこが間違ってるの」

 胸が、締めつけられる。


「それは」

 言葉を選ぶ。


「“誰も苦しまない”って部分が、違う」

 シルフィの眉が、わずかに動いた。


「オレは、苦しむ」


 一歩、近づく。

「シャルルも」

「ジキルも」

「村の人も」

「……シルフィ自身もだ」


「嘘」

 即座に否定が返ってくる。


「私は、もう慣れてる」

「期待されて」


「追われて」

「隠されて、見つかって」


「……最後に死ぬだけ」


「それだけの人生」

 声が、少しだけ震えた。

 

「本当に、そう思ってる?」

 シルフィは、答えなかった。


「さっき」

「オレが勇者になるって言った時」


「シルフィは、怒った」

「必死で、止めた」

「それは」

 一呼吸置く。


「オレが死ぬのが、嫌だったからだろ」


「……それと同じだよ」


 シルフィの唇が、きゅっと結ばれる。

「自分の死は、受け入れられるのに」

「他人の死は、受け入れられない」


「それって」


「……やめて」

 弱い声だった。


「それ以上、言わないで」

 目を逸らす。

 だが、肩が、小刻みに揺れていた。


「私は」

 震える声で、続ける。


「そうやって考えないと」

「生きてきた意味が、なくなる」


「何も選べなかった人生が」

「本当に、無駄になる」

 初めて、感情が溢れた。


「選べたのは」

「死に方だけだったのに……!」

 その叫びに、胸が痛む。


「……それなら」

 私は、静かに言った。


「今、初めて」

「別の選択肢が、目の前にある」

 シルフィは、顔を上げる。


「“最初から終わりを決めた人生”じゃない道が」

「あるかもしれない」


「間違っているのかもしれない」

「それでも……」


 シルフィの瞳が、揺れ動く。

 期待と恐怖が、同時に浮かんでいた。


「……そんなの」

「期待したら」


「余計に、怖くなる」

「裏切られた時」

「耐えられない」


「分かってる」

 頷く。


「でも、オレは“逃げない”」


 シルフィの呼吸が、乱れる。

「……卑怯」

 小さな声だった。


「そうやって」

「希望みたいなこと、言われたら」

「簡単に、諦められなくなる」


 私は、静かに答えた。

「それが、生きるってことだよ」


 長い沈黙。


 やがて、シルフィは、かすかに笑った。

 泣きそうな、歪んだ笑みだった。


「……ほんとに」

「ずるい人」

 視線を落とし、ぽつりと呟く。


「私は」

「何も期待しないように」


「ずっと、必死だったのに」

 指先が、緩む。


「……少しだけ」

 小さな声で、続けた。


「少しだけ、考える時間を」

「もらっても、いい?」

 その言葉に、胸の奥が熱くなる。


「もちろん」

 即答した。


 シルフィは、何も言わず、頷いた。


 だがその表情は、先ほどまでとは違っていた。

 完全な覚悟でも、完全な拒絶でもない。


 初めて、“迷っている顔”だった。

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