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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第一章
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第1章 14話 勇者の真実

 地下は、相変わらず薄暗かった。


 地上のざわめきが少しずつ遠のき、代わりに夜の静けさが染み込んでくる。

 私は、しばらく黙っていたが、意を決したように口を開いた。


「……シルフィ」

「神託の巫女の力について、聞いてもいいか」

 シルフィは一瞬だけ肩を強張らせたが、頷いた。


「何?」

「“勇者との契約”って、どういうものなんだ」

 その言葉に、シルフィはゆっくりと息を吐いた。


「……知ってたんだ」

「名前だけは……」

 シルフィは、少し考えるように視線を落とす。


「神託の巫女にはね」

「悪魔の場所が分かる力とは、別に」

「もう一つ、昔からある役目がある」


 声は淡々としている。

「勇者を選び、契約すること」

 私は、身を乗り出した。

「契約は、何人ともできるのか?」

「……ううん」

 首を横に振る。


「一人だけ」

「一生に、一度」

 その言葉は、重かった。


「それは、周知の事実なのか?」

「うん」

 シルフィは苦く笑った。

「知ってる人は、みんな知ってる」

「だからこそ……誰も、やりたがらない」


「どういう意味だ?」

 シルフィは、少しだけ言い淀んだ。


「勇者になるってことは」

「悪魔との闘いから、逃げられなくなるってこと」


「逃げたら……契約が壊れる」

「壊れた契約は、勇者にも巫女にも跳ね返る」

 背筋が、ぞくりと冷えた。


「……非常に危険だな」

「危険なんて言葉じゃ、足りないよ」

 シルフィは、静かに言った。


「今まで、勇者として認められた人たち」

「全員、若くして死んでる」

 私は、言葉を失った。

「……全員?」

「うん」

「二十歳前、三十歳前」

「長生きした人でも、それくらい」


 地下の空気が、重く沈む。


「じゃあ……協会が認定している勇者は?」

 シルフィは目を伏せた。

「……多くはね」

「奴隷とか、身寄りのない人とか」

「逃げ場のない人」

 拳を、きゅっと握る。


「使い捨て、だよ」

「誰もなりたがらない」

「だから、“選ばれた”って言い方をする」


「そんなものが……勇者」


 沈黙の中で、シルフィはじっと私の目を見る。

 まっすぐな目だった。


「……レンさん」

「今、何考えた?」

 答えなかった。


 だが、それだけで十分な答えだったようだ。


 シルフィは、即座に首を振る。

「だめ」

 はっきりと言う。


「絶対に、だめだからね」

「契約なんて、考えちゃいけない」


 口を開こうとする前に、続ける。


「分かってるよ」

「私が捕まるより、他に道があるって思ったんでしょ」

「でも」

 一歩、近づく。


「それは、あなたが死ぬ道」

「しかも、逃げられない」

 声が、少しだけ震えた。


「……私」

「誰かを助けるために、誰かが必ず死ぬ契約なんて」

「選びたくない」


 地下で、二人の呼吸だけが聞こえる。

「だから、お願い」

 シルフィは、まっすぐにこちらを見る。

「勇者になるとか」

「契約とか」

「考えないで」


 私は、いつの間にか握っていた拳をゆっくりと開いた。

 頭では、分かっている。

 それが、最も危険で、最も残酷な道だということも、

 勇者になるという選択が、どれほど危険で、取り返しのつかないものなのかも。

 それでも。


「……それでも、オレが勇者になれば」

 ぽつりと、零れた。

 シルフィの肩が、小さく震える。


「あなたがなる必要はない。騎士団に連れていかれて、そこで選ばれた人でも良い……」

「俺なら、逃げない。シルフィが死ぬリスクも……」

「だからこそ、だめ!」

 シルフィの声が、初めて強くなる。


「勇者との契約が、どういうものか」

「ちゃんと、最後まで聞いて」

 出かかった言葉を飲み込み、口を閉じた。


「契約を結んだ勇者と巫女は」

 一語一語、噛みしめるように言う。

「どちらかが死んだら、もう一人も死ぬ」


 地下の空気が、凍りついた。


「……どういう、意味」

「そのままの意味」

 シルフィは、目を逸らさない。


「命が、繋がるの」

「戦いの途中で勇者が死ねば、巫女も死ぬ」

「巫女が殺されれば、勇者も死ぬ」

「逃げ道は、ない」


 喉が、ひくりと鳴った。

「それでも……」

「まだある」

 シルフィは、私の言葉を遮る。


「契約しなくても」

「巫女は、どのみち三十歳までしか生きられない」

 その言葉は、あまりに淡々としていた。


「……は?」

「それも、周知の事実」

「巫女は、三十歳になる前に勇者に悪魔を倒してもらわなきゃいけない」

「倒せなければ」


「自然に、死ぬ。もちろん勇者も」


 言葉を失った。

「……じゃあ」

「最初から、タイムリミットが決まってるってこと?」

「そう」


 シルフィは、静かに頷いた。

「だから私は」

 ほんの一瞬、微笑む。

「誰とも契約しないつもりだった」


 思わず息を呑んだ。

「三十まで生きて」

「それで終わり」

「それで、いいって」

 それは、諦めではない、覚悟だった。

 

「でも」

「あなたと契約したら」

「あなたを、巻き込む」


「しかも」

 声が、わずかに震える。

「悪魔を一体倒すまでは」

「契約は、解除できない」

「途中でやめることも」

「逃げることも」

「死ぬ以外に、終わらせる方法はない」


「でも……悪魔を一体倒したら……」

「悪魔と戦うなんて、それこそ、もっと早く死んじゃうよ」

「……レンさんは息子さんを助けるために来たんでしょ?」

「だから、そんなことしたらだめ」


「人間に悪魔は倒せない」

「巫女も勇者も、今は、ただの道具」

「教会や国が、信仰やお金を集めるためのポーズでしかないの」


 レンの中で、何かが軋んでいた。

 それでも、心の奥で消えない考えがある。


 シルフィは、それを感じ取った。


「……お願い、レン……」

 声が、少しだけ弱くなる。


「私が選んだのは」

「誰も巻き込まない死に方だった」

「それを……あなたが、奪わないで」


 地下の暗闇で、二人の息の音だけが、小さく響いていた。

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