第1章 13話 シルフィの決意
夜が完全に明ける前、シャルルは静かに村へ戻ってきた。
床板の下、地下の空間で、レンとシルフィは息を潜めたまま待っている。
板越しに、足音が止まった。
「……いるな」
シャルルの声だ。
すぐに、村長の低い声が返る。
「話せ」
「騎士団本隊だ。副長のサイードが来た」
短く、しかし要点を外さず、シャルルは説明した。
――案内を拒んだこと。
――巫女を使った策を、あっさり口にしたこと。
――村に悪魔を呼び寄せ、巫女を炙り出すつもりであること。
――悪魔の後始末にジキルを利用するつもりであること。
地下で、シルフィは無意識に手を握りしめていた。
「……時間は?」
「明日の朝まで猶予をくれと言った」
「だが、あまり意味はない」
村長が、静かに息を吐く。
「分かった。村人を集める」
足音が遠ざかり、やがて村長の家の前に人が集まり、ざわめきが聞こえてきた。
*
村長の声は、いつもより少しだけ重かった。
「前にも言った通り、騎士団が動いておる」
「隠れ通すのは、難しい」
村人たちの顔色が変わる。
「バレたのか?」
「なんで……?」
「いや、バレたわけではない。あやつらは巫女を探すことから、炙り出すことに切り替えた」
「……奴らは、悪魔を呼び寄せるつもりじゃ」
一瞬の沈黙のあと、ざわめきが広がった。
「そんな……」
「村を、滅ぼすつもりか」
「冗談じゃない!」
怒りと恐怖が、入り混じる。
だが、その中に。
「……でもよ」
誰かが、ぽつりと漏らした。
「このままだと、全員やられる」
その言葉に、何人かが黙り込む。
「シルフィを、差し出せってのか?」
「そうは言っていない!」
声が荒くなる。
「静かに」
村長のその一言で、場が静まる。
「この村は、誰かを差し出して生き延びる場所ではない」
「それが通るなら、この村の意味がない」
「でも……」
「村を滅ぼすつもりもないが、今は時間がない」
「だから、全員で知恵を出し合うのじゃ」
*
地下で、シルフィは目を閉じた。
(……やっぱり)
分かっていた。
誰も悪くない。守りたいものが、違うだけだ。
(私がいなければ、この村は、助かる)
その考えは、もう迷いではなかった。
受け入れるしかない現実として、胸に落ちてきた。
シルフィは、ゆっくりと息を整える。
泣かない。取り乱さない。
ただ、決めた。
(……捕まればいい)
(私が、騎士団に行けばいい)
地下は暗い。だから、シルフィの表情が、わずかに変わったことを誰にも見られない。
――レンを除いて。
彼は、ずっと隣を見ていた。
シルフィの呼吸が、ほんの少し整いすぎたこと。
肩の力が抜けたこと。
それは、諦めた、いや、覚悟を決めた人間の仕草だった。
「……シルフィ」
小さく名を呼ぶ。
「何?」
彼女は、いつも通りの声で答えた。
だが、目を合わせない。
レンは、それ以上何も言わなかった。
確信してしまったからだ。
彼女は、まだ何も口にしていない。
それでも、この村のために、自分を切り離す覚悟をした。
レンは、拳を握りしめた。
(それだけは)
(それだけは絶対に、させない)
地上では、議論が続いている。
地下では、二人だけが、同じ未来を見ていた。
――ただ、向いている方向は、正反対だった。




