第1章 8話 神託の巫女
「どうぞ中へ」
男に招かれ、門をくぐる。
中は、思っていたよりも広かった。
門を入ってすぐの場所は、簡単な広場のようになっており、門の横には矢倉へと続く階段が設えられている。反対側には、倉庫か詰所のような大きめの建物が建っていた。
さらに奥へ進むと、通路の両脇にいくつかの店が並んでいるのが見える。
野菜や果物に似た作物、元の姿が想像しづらい肉の塊。反対側には、武器や農具、生活用品を扱う店が続いていた。
「お、ジキルさんじゃないか」
「今日はシャル坊も一緒かい?」
店先に立つ人々が、次々と声をかけてくる。
どうやら、この村の中では、ジキルとシャルルはよく知られた存在らしい。
「相変わらず賑やかじゃの」
ジキルが軽く手を振りながら歩く。
「活気がありますね」
「まあ、そうじゃの」
そのとき、野菜と果物を並べた店の奥から、甲高い声が聞こえた。
「ジキルさん!」
店の奥から出てきたのは、動物の耳を頭に持つ獣人の少女だった。耳の形からすると狼だろうか。
年の頃は、十歳前後に見える。小柄な体に、少し大きめの前掛けをしている。
「ああ、リョコか」
シャルルが先に声をかける。
「シャルルも一緒なのね」
リョコと呼ばれた少女は、次に私の方へと視線を向けた。
「その人は?」
私はその場でしゃがみ、目線を合わせる。
「レンって言うんだ。シャルルに助けてもらって、今は一緒に行動してる」
「ふーん」
短く返事をすると、リョコはじっと私の顔を見つめ、それからジキルの方へ視線を移した。
ジキルは、何も言わずに穏やかに微笑んでいる。
「リョコ、村長は家かな?」ジキルは一拍だけ間を置いて声をかける。
「家だと思う。シルフィさんも今日は見てないから」
「それはちょうどいい」とジキルは言い、村長の家と思われる方向に目を向けた。
「もう行っちゃうの?」
「ちょっと急ぎでな。また来るよ」
「……分かった。待ってるね」
ジキルとリョコのやり取りが終わるのを見計らって、シャルルは歩き出した。
私も立ち上がりシャルルの後に続く。
木や石で建てられた家を横目に通りをまっすぐに進む。
集落と聞いていたので、もう少し小さい集まりだと思っていたが、案外そうでもないらしい。
「この集落ってどれくらいの人が?」
「100人くらいじゃの。まあ、辺境にしたら多いほうじゃな」
「もっと少ないと思ってたから、びっくりしました」
「ここはちょっと特殊での。あまり人が増えはせんが、減ることも少ないの」
「なるほど」と相槌を打ちながら歩いていると、他より少しだけ立派に見える建物の前に着いた。
入り口が二つある。おそらく村長の家なのであろう。
ジキルが片方の戸を叩いた音が、建物の中に響いた。
「はーい、ちょっと待ってくださーい」
少し慌てた声と、ぱたぱたという足音。
それから、勢いよく戸が開いた。
「あ、ジキルさん」
相手はぱっと表情を明るくする。
年は十八くらい。簡素な服装に奇麗な黒く長い髪を一つにまとめた、目鼻立ちがはっきりとしていて整った顔をしているが、女性が立っていた。
巫女と聞いて想像していた教会のシスターような雰囲気は、正直あまりない。
「久しぶりですね。今日はどうしたんです?」
「少し顔を見にな」
「それ、絶対“ついで”じゃないやつですよね」
くすっと笑いながら言う。
そのまま視線をずらし――次の瞬間、声がほんの少しだけ低くなった。
「え、シャルル?」
「よう」
「なに、まだ生きてたの?」
「第一声がそれかよ」
「だって前に会ったとき、『ちょっと危ない仕事でさ』とか言ってたじゃん」
「まあ、危なかったな?」
「でしょ。ほらー」
肩をすくめてから、安心したように息を吐く。
「でもよかった。無事で」
「心配してたのか?」
「一応ね。一応」
そう言ってから、私の方に視線を向けた。
「あれ? ……もしかして、初めて見る人?」
「レンって言う。まあ、色々あって一緒に行動してる」
私の代わりにシャルルが紹介してくれる。
「へえ」
興味深そうに私を見る。
「レンさん?」
「あ、はい」
「私は――」
一瞬だけ言葉を切り、周囲を気にするように視線を動かしてから、にっと笑った。
「シルフィ、って名乗ってます。よろしく」
その言い方があまりに軽くて、ついこちらも力が抜ける。
「名乗ってって……うん、よろしく」
「ま、立ち話もなんだし。中どうぞ」
そう言って、当たり前のように戸を開け放った。
室内は質素だが、生活感がある。
棚には本が並び、机の上には使いかけの紙とペン。神聖さは欠片もなく、ただの私室に近い。
「適当に座ってください。今お茶入れますね」
「気を遣わんでいい」
ジキルがそう言ったが、シルフィは首を振った。
「いいんです。どうせ暇してたので」
そう言いながら手際よく準備を始める。
「……で」
湯を注ぎながら、ちらっと私を見る。
「レンさん、ここ来るまで大変じゃなかったです?」
「まあ、少し」
「ですよね。この辺、道も分かりづらいし」
何気ない会話をする。
本当に、どこにでもいそうな女の子だ。
「あ、そうだ」
急に思い出したように言う。
「シャルル、何かあった?」
「ああー」
急に話を振られてシャルルは言葉を探している。
「やっぱり」
シルフィは特に深刻そうでもなく、軽く頷く。
「なんかね、ちょっと騒がしかった気がして。気のせいかもだけど」
そう言って笑い、湯呑みを差し出した。
その視線が、一瞬だけ私に留まる。
ジキルが、そこで静かに口を開いた。
「この子が、神託の巫女じゃ」
「ちょっと、急に言わないでくださいよ」
「レンさんをどうやってびっくりさせようか考えていたのに」
シルフィはそう笑顔で返す。
「一応そういうスキルを持っている、ってだけですよ」
肩をすくめるその姿は、“特別な存在”には見えなかった。
ただ可愛らしい女の子という印象だ。
「村長は?」というジキルの声にシルフィは反応する。
「ああ、あっちの家」ともう一つの扉があった方向を指さした。




