第1章 6話 勇者という存在
元の世界で遊んでいたロールプレイングゲームでは、敵の親玉は決まって城の奥で勇者を待ち構えていた。
倒すべき相手は常に「そこ」にいて、道順さえ間違えなければ、必ず辿り着ける存在だった。
だからこそ、この世界の悪魔が自由に動き回っているという、あまりにも当然な事実に、強い衝撃を受けた。
――探さなければ、倒せない。
元の世界に帰るために、悪魔を倒す必要があるかもしれない。そこまでは考えていた。
だが、そのために「探す」という行為が必要になるという発想が、完全に抜け落ちていたのだ。
「……悪魔を倒すには、神託の巫女の存在が不可欠……」
無意識に漏れた独り言に、シャルルとジキルが同時に反応した。
「おぬしは、悪魔を倒そうとしておるのか?」
シャルルも何か言いかけたようだが、ジキルの声にかき消される。
どうやら、考えていることは同じだったらしい。
「いや、まだ可能性がある、ってだけで……」
二人から向けられる視線に、自然と語尾が弱くなる。
「勇者になるつもりか」
シャルルが、どこか楽しそうに言った。
「勇者……?」
「悪魔討伐に挑む者を、そう呼ぶんじゃ」
ジキルが補足する。
「へえ」
まるで他人事のように相槌を打つと、シャルルが続けた。
「普通は、教会に申請するんだ」
「申請?」
「悪魔を倒しに行きます、ってな」
なぜか声が少し弾んでいる。
「勇者って、何人でもなれるんですか?」
「そうじゃ。巫女の数だけ存在できる」
「今は……勇者は三人じゃな」
「へえ……」
すると今度は、シャルルが少し真面目な顔で話を引き取った。
「申請をして、実績を積み、教会に認められた者に【神託の巫女】が派遣される」
「巫女が付いて、初めて勇者と名乗れるんだ」
「それまでは、まあ見習いみたいなもんだな」
「じゃあ、その集落にいる巫女は、教会の関係者なんですか?」
「いや……そこが少しややこしくての」
ジキルは一拍置いてから続けた。
「結論から言えば、その子は教会に属しておらん」
二人の説明によると、教会から派遣される巫女には、寄進という名の高額な対価が必要になるらしい。
個人で支払える額ではなく、基本的には国家が代表を立て、勇者として活動させる仕組みだという。
現在確認されている四人の神託の巫女は、すべて教会の管理下にある。
各国は教会とは別に、自前の巫女を探し求めているらしい。
「……つまり、さっきの騎士たちは、五人目の巫女を探していたと」
「おそらくの」
「それって……あまり良くないことなんでしょうか?」
教会や国に保護されるのなら、悪い話ばかりではないようにも思えた。
「うーむ……」
「巫女の能力と関係があってな」
「悪魔の位置が分かる、っていう?」
「それとは別じゃ」
ジキルは、言葉を選ぶように続ける。
「巫女は、勇者と契約を結べる」
「契約……?」
「巫女は勇者に力を与え、運命を共にすると言われておる」
「じゃから、スキルを得た時点で、本人の意思とは無関係に、運命が定められてしまう」
「……あまりにも、不憫でな」
それ以上は踏み込まず、私は黙って頷いた。
シャルルが私の肩に手を置き、軽い調子で言う。
「ま、勇者だけはやめとけ」
その言葉の重みを、この時の私はまだ理解していなかった。
「……でも、どうして居場所がバレたんでしょう?」
「巫女が生まれた時、賢者の石で鑑定をするじゃが」
「その場には、教会の者も立ち会っておる」
「存在自体は最初から知られておったんじゃ」
「ただ、それで、両親からの願いでな……」
「その子は死んだことにしてほしい、と」
「ワシが引き取って、集落で匿っておったんじゃが……」
ジキルは手を組み、視線を落とす。
「どこから漏れたのかのう……」
「……集落に説明しに行くか?」
シャルルが声をかける。
「そうじゃな。周囲に気配はなさそうじゃが……」
どうやら、何らかの感知スキルを使っているらしい。
「シャル、念のため周辺を確認してきてくれ」
シャルルは頷き、外套を羽織って外へ出て行った。
「すまんが、レンよ。おぬしも付いてきてくれるか?」
「はい……でも、いいんでしょうか?」
「その、部外者ですし……かなり怪しいと思うんですが」
ジキルは笑った。
「素性については、心配しておらんよ」
「……え?」
「シャルが懐いておるからな」
意味が分からず首を傾げると、さらに笑う。
「それに、間者なら、もう少し腕の立つ者を寄こすじゃろう」
「ああ……」
妙に納得してしまった。
「シャルが言っておったわ」
「ゴブリンと戦ってる様子を見て、あれは戦闘経験のないやつだ、ってな」
恥ずかしかったが、事実なので反論できなかった。
しばらくして、扉が開く。
「問題ない」
その一言にジキルは頷き、二人は出立の準備を始めた。
特にやることのない私は、忙しそうに動く二人を、ただ黙って眺めていた。




