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ティアとアランと薬草採取

 アランが私の目の前で手をひらひらと振っていた。

 まだ続けている初心者向けの依頼——薬草採りだ——を見守っていたところ、物思いに耽っていたらしい。

 森に入ってすぐにアランが腰を屈め始めたから、そばにあった切り株に座り込んでいた。


「何にもないわ。人が薬草を探すところを眺めるのが、あんまりにも暇すぎただけ」

「わあ、いきなりの毒?」

「……前から言ってるけれど、この作業に、私が付き添う意味ってあるのかしら」

「あるよ!? あるある!」

「子供のおつかいでもあるまいし、自分より年上の男が草を採ってるところなんて見ても面白くないと思わない?」

「そんな正論言われちゃうとぐうの音も出ないんだけど。でも一人でいるより、誰かと居た方が楽になれることってあると思うんだよ」


 アランはそれが誰のことだとは言わなかった。私のことかもしれないし、アラン本人のこと、もしかしたら他の誰かのことかもしれなかった。

 ただ、私は今、確かに一人でいるのはよくないかもしれない。昔を思い出して後悔するばかりだと思うから。

 空を仰ぐと、緑の葉の間から見える色は青く清々しくて、背中を押されるようにゆっくりと立ち上がった。


「ふぅん? ……私もやろうかしら」

「ええ?」

「うん、暇すぎるから。身体を動かした方がいいかもしれない。やろう。暇すぎるし」

「二回も言う」

「薬草採取なんて依頼、久しぶりね。今回はどの薬草を探しているの?」


 そう聞くと、戸惑いながらも依頼書の紙を見せてくれる。

 薬草の名前とイラスト、それに特徴。依頼内容が書いてあり、他にはどこの支部で受けた仕事なのか、受付者の名前、それから仕事を受けた人物——アランのサインが書いてある。


「ああ、これね。水場によく生息しているわよ。もう少し森に入った先に開けた場所があって、小さい池があるの。もしかしたらそこにたくさん自生しているかもしれないわ」

「森の奥は危ないんじゃない?」

「初心者ならね。でもアランには私がいて、アランももう初心者じゃないでしょう。大丈夫よ、そこまで奥でもないし」


 森の入り口付近でも、薬草は探せばある。まだ戦いが不安な初心者は、森の奥に入るべきではない。が、私とアランの二人であれば何も問題はないだろう。

 最近ではめっきり受けていなかった薬草採取に腕が鳴る。そこまで珍しくもない薬草の採取だ。せっかくの戦力、時間短縮に使ってやりましょう。


 アランは乗り気になった私の前で肩をすくめると、採取用の大きなカゴを背負いつつ眉を顰めた。


「……やっぱり、出るんだ? 魔物」

「まあね。ほら、少し前に魔王が倒されたでしょう? それからね、少し増えたかしら。多分統率が取れなくなって、魔王の近くに控えていた魔物たちが一斉に散らばったんだろう、っていうお触れが出ていたから……しばらくすると収まってくるんじゃないかしら」

「だといいけど」

「そうよ! だって魔王を倒したんだから、今の時代は魔物が少ない時代になるはずよ。歴史上、魔王が倒された後三百年は、魔物による被害は格段に減っているもの」

「でもまた復活するでしょう?」

「そうらしいわね。いくら戦っても封印までしかできないなんて、なんて厄介。封印も三百年じゃなくて、もっと保てばいいのに」

「うん、ほんとそう」


 誰もが知っている常識を説けば、アランも軽く頷いた。

 木々の間に生える草を踏みつけながら、しっかりとした足取りで進んでいる。森の中も苦ではなさそうに見えた。


 魔王は、魔物の生みの親であり、統べる者だった。

 彼——なのか彼女なのかは見たことがないのでわからないが——は、自分の瘴気から生まれ落ちる魔物に役割を与え、各地域に分散させている、らしい。共喰いを防ぐため、とも言われるし、世界中を支配するためとも言われている。ただ、その実は明らかにされていない。魔王の考えることなんて人間にはわからないから当然だけど。


 そんな魔王は——三ヶ月前、倒されたらしい。

 魔王を完全に消滅させることはできないらしく、封印という形ではあるけれど、苦しめられてきた十年はひとまず幕を下ろしたのだ。選抜された勇者一行の手によって。


「不思議よね。どうして魔王は倒せないのかしら。文献を読んでもいつも封印を解いて復活するのよね」

「やっぱり魔王は強すぎるってことなんじゃない?」

「そうなのかしら。勇者選抜に参加できるのは銀ランクからだったし、銀でもない私にはちょっとわからないけど」

「よかったんじゃないの。魔王討伐なんて、それこそ生きるか死ぬかって話でしょう」

「でも力試しにはいいって誰かが言ってたの。まあ無事に魔王は倒されたわけだし、よかったわね。冒険者の仕事は、少し減るかもしれないけど……この十年が異常だったってことよ」


 魔王が完全復活してから十年——その前からも徐々に魔物は増えてきていたが——急激に増加した。その被害の数に伴ってギルドへの依頼も増え、冒険者の数も増えて、ランクアップする冒険者も増えていた。その中の一人に私もいて、それはフレッドたち同世代の冒険者たちも同じだった。


 池を目指しながら、薬草を探して下を見る。


 遠くで鳥の鳴き声がする。臆病な鳥で姿はあまり見られない。自分の足音、アランの背中とカゴが擦れる音、葉の鳴る音と風の音。それから小さな息遣い。実戦で研ぎ澄まされた感覚は森に入ればいっそう敏感になる。

 森は静かだった。


「ああ、ここよ。着いた」


 澄んだ池には大きな蓮の葉が浮いていた。湧水からなる池にはよく世話になっている。給水用の皮袋に水を補充して、一口喉を潤した。


「わ、ティアの言ったとおり。たくさん生えてる」

「よかったわ。依頼内容はカゴに半分以上だったわね。これだけあれば足りるでしょ」

「うん、これだけあればカゴいっぱいになりそうだねえ」


 アランがほくほくと嬉しそうに笑い、すぐにしゃがみ込んだ。

 摘み取ってカゴに入れてを繰り返すとあっという間にカゴは溢れた。青ランク向け依頼はたった数時間で達成された。青ランクの冒険者が受ければ一日で終われば良いほう。


「依頼主もきっと喜ぶ」


 そう言って喜ぶアランの目は遠くを見ていた。

 私にはその目がどこか物憂そうに見えて、「そうね、早く帰りましょう」とだけ返すことにした。


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