冒険の始まり
ブルーノが片足を失ったのは、自分のせいだった。
十四歳になると受けられるようになる能力鑑定で、魔法使いの適性判定が出た私は、すぐにブルーノに報告しに行った。
ブルーノは当時の町に三人しかいなかった黒ランクの冒険者で、一目置かれる存在だった。
家が隣同士で、幼い頃から付き合いがあったたこともあって、ブルーノは憧れの男性であり、憧れの冒険者だった。
「ねえ見て! 鑑定結果! 冒険者の適性能力があったら一緒に冒険してくれるって言ってたでしょ!」
基準値を大きく超える魔法使いの適性数値を見せびらかして、にっと笑った。
一瞬大きく目を見開いたブルーノだったが、諦めたように肩を落としていた。
「んーわかったよ。確かティアの両親も冒険者には納得しているんだったよね?」
「もちろん! 説得済み!」
「じゃあ、明日登録しに行こうか」
「今!」
我慢できなくて無邪気に言うと、溜息が聞こえた。
今思えば、この時のブルーノが一番怖かった。
いつも穏やかなブルーノの目が、無表情ですっと細められた。
「……ふう、ティア。大事な話をしよう」
「な、なに」
「もし、冒険者になって、俺とともに行動するのなら、俺の言葉は絶対だと思って」
「え?」
「冒険者になったばかりのティアと、それなりに実践をしてきた俺とは、能力に差があるよね? わかる?」
内心怖気付きながらも、黙って頷いた。
「だから俺はティアの安全を最優先しないといけない。先輩の冒険者として、幼馴染としてね。じゃないとティアの両親に顔向けできない」
「でも」
「でも、じゃない。登録を明日にしようと言ったのも、今日は別のことをしたいと思っているからだ。君に魔法使いの素質があるのはわかった。けど魔法は使える? 使い方は知っている? 悪いけど、俺は魔法使いじゃないからね、君に魔法は教えてあげられない」
「……使えないわ」
「そんな状態で冒険者になったところで、お荷物になるだけだ。……それはティアの望むところではないだろ?」
そう言ってブルーノが連れて行ってくれたのは、顔馴染みだという黒ランクの魔法使いのところだった。
白銀の真っ直ぐな髪と赤い瞳があまりに美しくて、息を呑んだものだ。
「おや、この子がブルーノの? ふぅん、可愛いのね」
「顎を掴むな。……ティア、この人はアグネス。時々一緒に組む魔法使いで、ちょっと失礼なこともするやつなんだけど、まあ腕は確かだから。しばらく教えてもらうといいよ」
「え、教えてもらえるんですか!?」
赤く塗られた爪が私の頬を撫でた。
「おい!」
「ブルーノ黙りなさいな。この子、こんな調子で冒険者になろうなんて頭弱いんじゃないの」
「今日、能力鑑定を受けたばかりなんだ。言い方!」
「あんたが大事にしてるのはわかるが……ねえ、お嬢ちゃん。魔法の素質があった、それでどうやって冒険に出るつもりだったんだい。頼りのブルーノは人に教えられるほどの魔法は使えない。せいぜい自分を強化するためだけのもの。そりゃあ本職は剣士だからね。で? お嬢ちゃんはその魔法使いの素質とやらだけで、どうやって身を守るつもりで、どうやって依頼を受けるつもりだったんだい」
美女の誹りは結構堪えた。何も考えていなかったからだ。
ブルーノの気が変わらない内にまずは冒険者登録をして、とばかり思っていた。
「お嬢ちゃんは運がいいよ。ブルーノの幼馴染で、だからあたしと面識ができた。しかもブルーノの望みだからね、あたしが教えてあげようじゃないか。ブルーノに感謝なさいな。それから自分の強運に」
美女の気迫に押されながらも、一番簡単な魔法を教えてもらった。
火を灯す、葉を浮かす、水球を出す、そんな魔法。
恐る恐るだが、言われたとおり愚直に真似をした私は、数時間で魔法を使うコツを掴めていた。
最後には及第点をもらえたようだった。
「おめでとう。お嬢ちゃんに、ちゃんと素質はあったみたいだ。全然うまくはないけれど、一日でこれだけできる子もそうはいない。素質はあってもコツが掴めずまるっきり使えないっていう子も稀にいるし。まあ登録してきてもいいんじゃない?」
最後はブルーノに言い放って、彼女はどかりと椅子に腰掛けた。
「ありがとうな、俺じゃあ教えられないから」
「本当、この子に甘いね、あんた。いつか足元を掬われるよ」
「はは、助かった。そうならないように気をつけるとするよ」
「そうしておくれ。ああ、お嬢ちゃん、しばらくここに通いなさい。魔法、見てあげるから。この時間帯ならおそらくここにいる」
「え……! ありがとうございます!」
驚いたが、ブルーノは分かっていたようだった。何も言わず微笑む姿に感じたのは大人の余裕と、冒険者としての貫禄。
「じゃあアグネスの許しも出たことだし、明日、冒険者の登録をしに行こう」
その時の、達成感と期待感はこれまで味わったことのないものだった。小さい頃からの夢を叶えられる瞬間は、ひとしおだった。
そうして翌日、冒険者ギルドで登録をする前にブルーノと約束をした。
ブルーノが小指を立てて差し出してくるから、それに絡ませた。
昔から約束を交わすときにする、お決まりのおまじない。
「絶対に約束して。何よりも自分を優先して。何かあった時、自分を守ることを考えて。逃げて。そうしてくれたら俺もティアを気にせず力を出せるから」
「……わかった」
ブルーノの足手纏いにだけはなりたくなかったから、よく理解できた。
誰かを気にかけると、それだけ集中が途切れる。だから私に逃げろと言う。
それだけ私を大事に思ってくれていることも、少し嬉しかった。
登録を済ませた後も、アグネスは毎日のように魔法を教えてくれた。
後から聞いたところによると思いのほか飲み込みが早く、教え甲斐があったそうだが。
「なあ、ティア。ブルーノのこと、よく見ておいてやって。なんだか危なっかしいように見える。怪我でもしそうだ。奴、ティアと組んでるのが楽しくてたまらないんじゃないか」
冗談混じりに言われたアグネスの言葉が、本当になったのは、それから二年後、順調に冒険者ランクを上げている時——私は赤ランク、もうすぐ白にもなりそうだという時だった。
◆
「ティア」
「わ! 何」
「何じゃないよ。ぼーっとして。昨日の用事、何かあったの?」
アランが私の目の前で手をひらひらと振っていた。