ティアの大事なもの1
ギルドでの報告を終え、訪れたのは街のはずれにある一軒家。赤茶色の瓦にレンガ混じりの白壁のごく一般的なものだ。
こんこんこん、と三度ドアを叩いて、準備中の札が掛かったドアを開ける。カランとドア上のベルが鳴り、ドアにぶら下がっていたコーヒーカップ型の看板が揺れた。
「やあ。ティア、また来たのかい?」
「ええ。元気にしてる? ブルーノ」
肘付きの椅子から立ち上がった男は、カツカツと左足を鳴らしながら出迎えてくれた。
「わざわざ立ち上がらなくたって別にいいのに」
「いいや、可愛いティアを抱きしめたいのさ、どうしてもね」
「もう! 私ももう立派な大人の女性なのよ」
言いながら、大事で大切なブルーノを抱きしめた。
かれこれ八年、通っている。慣れたものだ。
「これ、一緒に食べようと思って持ってきたの、あっち座っていい?」
「ああ、もちろんだとも。いつもありがとうなあ」
いつものテラスで、持ち込んだお菓子を広げた。他の買い込んだ食材や飲み物、日用品は定位置に並べていく。
テラスのテーブルに戻った頃には、ブルーノがコーヒーを淹れてくれていた。
板張りの床の上を、やはりカツカツと音を鳴らしながら歩いてくるブルーノを見ると、手を伸ばしたくなるが、ぐっと我慢だ。
「ありがとう。いい匂い」
「ティアが来てくれた時に出そうと思って買っておいた。とっておきさ」
ブルーノの左足は、義足だった。
義足といっても膝から下が棒状の簡易的なもの。足の形通りの義足を作るには多額のお金はもちろんだが、伝手が必要だった。
難易度の高い依頼を受ければその分、危険も増える。怪我をする冒険者も多く、傷を塞ぐだけの治癒魔法では治せない一生の傷を負い、辞めざるを得なくなった冒険者も少なくない。
だから義足、義手が必要になる人間は多く、簡易的な物であればすぐに手に入る。ただ、冒険者を続けられるような、いやこれまで通りの生活ができるような、関節が動かせるといった細かい動きができる義肢装具は、とても貴重だ。
作るには高度な魔法が必要で、その魔法が使える人間は限られる。その上、時間もかかるというのだから、一介の冒険者ではどうにもできなかった。
最低でも——銀ランクであれば、もっと良い義足が手に入ったのに。
思わず奥歯を噛み締めてから、ブルーノに気づかれないように頬をさすった。危ない、せっかく会いに来ているのに怖い顔はできないわ。
胸元にぶら下がる自分の石は、黒を纏っている。手っ取り早く色を変えるには……と考えると、やはりパーティーを組んだ方が良いのは分かっている。
一度で手に入る経験値は少ないものの、より早く確実に依頼を完遂できる。より難易度の高い依頼も臆することなく受けられる。
こんな時、脳裏を掠めるのは、食堂で出会うと声をかけてくる男——幼馴染のフレッドだ。
気心が知れた、意思疎通が容易でやりやすい、ただの仕事仲間として見られれば、どんなによかったことか。
もし彼に何かあった時、万が一私を守ろうとして怪我を負った時、私はもう正気を保てるかわからない。だから彼の誘いにはいつも否と答えた。
「……絶対に、銀ランクになるからね」
「ティア、その気持ちは嬉しいけど、無理はしないでほしい。絶対だ」
「でもそのために冒険者、続けてるようなものなのよ」
「うーん、そもそもこの怪我は自分が失敗して負ったものだ。ティアが気にすることなんて何もないし、今の生活も気に入ってる。淹れたコーヒーを喜んでくれる人がいて、可愛いティアもこんなに遊びに来てくれる」
役得でしょ、と茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。
「逆に、ティアにそんなことを言わせてしまって、申し訳ないくらいだ。冒険者には俺が誘ったからなあ。辛いことに巻き込んでしまった……いっそ、このお店で一緒に働くのはどうだい。相棒だった時みたいに、一緒だと楽しいと思うんだが」
ブルーノが義足になる前——冒険者として活動していた時、私の相棒はブルーノだった。
一緒に冒険がしたいと、十歳上のブルーノにせがんだのは私。危ないからと断り続けていたブルーノだが、私に魔法使いの才があると分かってからは渋々了承してくれた。
それからの日々は楽しいものだった。
見たことのない生物に、見慣れない薬草。魔物と出くわせば本気で戦って、終わった後は互いに労い、本気で笑う。憧れのブルーノとの冒険は充実したものだった。憧れたとおりの日々だったのだ。