約束
喧騒の中、並んで歩いた。
屋台の主人からは時々「そこのカップルさん」と声が掛かる。
嬉しいというよりも、気まずさが優った。フレッドとこんな風に二人で歩くのは、幼い頃以来——私が冒険者登録をしてから、初めてだ。
初めはいちいち否定していたけれど、お揃いのブレスレットをしている限り、恋人のように見えるらしい。近頃の首都の流行りだそうだ。
面倒くさくなって外そうとするとさっと止められた。
自分のブレスレットを突き出しながら少し嬉しそうにするフレッドを見れば、どうしようもなく庇護欲が掻き立てられる。
随分と背も伸び、私が見上げなければ顔は見えず。同じ黒ランクで、銀ランクを目指す仲間。少し傲慢で口は少し悪い。私とは違って社交的で人にも頼られている。
どこにも可愛い要素はないのに、そう思ってしまうのは、昔の名残りだろうか。
今だけだからと自分に言い聞かせながら、恋人のように見えてしまう現状を受け入れることにした。
結局、可愛いフレッドには負けてしまうのだ。
「久しぶりじゃないか。こうやって歩くのは」
「……そうね」
思い出すのは、フレッドとブルーノと三人、手を繋いで回った町の花祭りだ。
年に一回、町が花いっぱいに飾られるその祭りを楽しみにしていて、日常の中の非日常感を満喫したものだ。
店頭には祭りのために用意されたカップケーキやパン、野菜の籠売りや、木彫りの置き物なんてものが並んでいて。子供達はお小遣いを握りしめて、一日はしゃぎ回った。
もちろん私も、フレッドも例外ではなくて、私たちより少し大人のブルーノをよく困らせていた。
幸せで懐かしい、そんな記憶を辿って感傷に浸る。
「俺は、ずっとこんな日がまた来たらいいと思ってたよ」
ぽつりと吐き出されたそれに、ぱっと顔を上げた。
もし、私がもっと強ければ。もし、あの時魔物と出会さなければ。もし、私が冒険者にならなければ。
たくさんの仮定話。どれか一つでも本当であったなら、叶っただろう些細な願い。
「……私もよ」
幼い頃のまま成長する。そんな願いを、私だけでなく、フレッドも思っていたなんて。
らしくもなく私の耳は赤く染まっているかもしれない。
頭上から笑みを噛み殺したような声が聞こえて見上げれば、フレッドが口元を隠していた。
が、下からでは緩んでいる口がよく見える。
力一杯、背中を叩いた。
大袈裟に「痛ぇー」と顔を顰め、背中をさすったフレッドから、ふんっと顔を背けた。こんな何気ない会話を——昔の話を、少し嬉しいと感じたことを、悟られたのはなんだか悔しかった。
「おっ、痴話喧嘩かー? せっかくの祭りだぞ、仲良くなー」
通りすがりにそんな言葉を浴びせられて、二人、顔を見合わせて笑った。
「ははっ、痴話喧嘩だと」
「いい加減、慣れてきたわ。この雰囲気にもね」
どこもかしこもお祭り騒ぎ。笑い声が聞こえ、花や旗で飾り付けられた都市は自然と心が軽くなった。
まるで昔に戻ったように、フレッドと気兼ねなく話せているのも、もしかしたらそのおかげなのかもしれない。
「俺は銀になるぞ」
「そ? 私もよ」
何を言い出すのかと、私も負けじと言い返した。
この首都にやってきたのは、そのためだ。
間髪入れずに返答した私に、フレッドはほんの少し顔を強張らせた。普通ならば気づかない程度の違和感だ。
「……ティアが銀になりたいのってブルーノの足のためだろ。それ、俺も乗っかっていいか?」
「え?」
「そのために銀を目指してるのは知ってる。俺も似たようなもんだ。……ティアだけじゃなくて、俺も一緒に、背負いたいんだよ。ブルーノのため……あと、自分のためにも」
本当は、自分の責任は自分で取りたくて。
弱かった自分を消し去るように、ブルーノに許しを乞うために、義足は自分が準備をしたい。そういう気持ちも少なからずあって。
フレッドの申し出は魅力的だが、葛藤もする。
だけど私は弱いから。
もし、私が駄目だったとしても、フレッドがいる。そう思える。
「そんなの……ダメって言えるわけないじゃないの」
ブルーノの足が動くようになるならば、私の葛藤なんてちっぽけなもの。
フレッドが嬉しそうに笑うから、泣きそうになる。
「じゃあ、共闘な。……契約」
ん、と差し出された小指を見て、眉を下げた。
「……ふふっ、約束じゃなくて?」
「いいのか」
幼い頃にはよくしていたおまじない。約束の儀式。
私が約束をしなくなったことを——できなくなったことを、知っていることに少し驚いた。
フレッドもまた目を丸くしていて、自分を大切にしてくれようとしているのがわかった。
それが私の心を解かしてくれる。
だからだろうか。
絶対に果たせる約束ならば、良いのではないか。そう思ってしまって、頷いていた。本当に彼には甘い。自覚もある。
「——いいわよ」
フレッドの小指に、自分のそれを絡めて。
もう二度としないと思っていた、約束を交わしたのだ。
とまあ、探索も三日目になれば、落ち着いていた。
浮かれた様子も戸惑った様子もなく、自然に会話も続く。
「ここは……初日も来たな?」
「そうね。アランときた時と同じ場所だけど、今日はいるかしら」
ぐるりと見回すも、それらしき店はない。
「あー、あいつどこにいるんだよ」
フレッドのぼやきも何度聞いたことだろう。
「よっし、休憩だ」
「早」
もう三日後にはお祭りが始まる。勇者はパレードまでに見つければいいのだから、まだ多少の余裕はあるとはいえ、他の受験者も勇者を追っている。
ちゃんと会話をしたい私たちは、誰よりも早く合流しなければ。
「あらあ、そこのカップルさん。どう? お揃いでネックレスなんて。素敵よ」
商売上手な店主たちには度々こうして話しかけられる。
結構です、と断ろうとした矢先、大きな影が横切った。
「いやあ、悪いね。この子達は俺の作ったお揃いだけで大丈夫だから」
その腕には見覚えのあるブレスレット。
幾重にも巻かれたそれは、プレスレットの露店の店主がつけていたもので。
「あっ!!!!」
驚いて指差してしまったフレッドを怒ることもなく。
「やあ、いつぞやのお客様」
その青年は私たちを目に留めると、にこりと笑った。どう見ても露店の店主その人だった。




