アランの実力
アランと共にワンランク上の——緑ランク用の依頼をこなし始めて二週間が経つ。
私が思っていた以上に、アランは良い動きをした。
狼型の魔物ウルフを撃退した時には思わず拍手をしてしまったほどだ。
ウルフは賢く、人間が飼っている鶏を定期的に襲いにくる。その場所には食べ物があると理解しているのだ。一度目をつけられてしまえば度々被害に遭うため、迷惑がられる存在だった。通常のオオカミよりも大きく、多少の攻撃はものともしないから強力な一撃を食らわせなければならない。
初心者であれば、俊敏に動く相手に手間取ることが多いのだ。
そのため、一応は緑ランク用の依頼ではあるものの、赤ランクが処理をしたり、緑ランク同士で臨時にパーティを組んだりする。
なかなか緑ランク一人での依頼受注、達成は難しいのである。
「ええ!? すごいじゃない。これなら赤ランクも近いんじゃない?」
「全然嬉しくない。だから赤になりたくないんだって。ティアが受けろって言うからこの依頼にしただけで……」
剣士のアランはいつも大きめの剣を背負っている。剣の柄に巻かれた布はところどころ擦り切れて、肝心の刃も欠け痛んでいる箇所がある。使い込んだ跡が見えた。
アランが「人から譲り受けた剣だ」と言っていたから、前の持ち主の跡なのかと思っていたが、それだけではないらしい。アランの手によく馴染んでいるようだった。
「なんだてっきり私の手助けが必要かと思っていたけれど、要らなかったみたいね」
「あ、もしかしておれとの契約、早く終わらせようとしてる?」
「当たり前でしょう。あなたはランクが上がって、私は解放される。いいことずくめじゃない」
「ちょっと待って、ちょっと待って。ティアって嫌々、護衛の依頼受けてくれてたの?」
そう受け取られてもおかしくない発言だったことに気づいて、少し悩んで口を開いた。
「……引き受けた時はちょっと気が立っていて。思わず受けちゃったのよ。でもちゃんと契約は守るわ」
「おれを守ってくれるって言ってたのに?」
「あ、違うのよ。守るのが嫌なんじゃないの。ただ、私が、人と行動するのに慣れていないだけで」
自分より年上のくせに、幼子のように口を尖らせる姿には少しいらっとしたけれど。
その後の私の言葉には嬉しそうに顔を緩ませた。元々童顔だが、剣を振っている時は真剣な顔付きだったからが余計に幼く見える。なんなの一体。
「そっか。じゃあおれと一緒にいたら、慣れるかもしれないね」
「いや話を聞いて。別に慣れたいわけじゃないの」
「おれだって赤になりたいわけじゃないんだよ」
「それはそういう契約でしょ」
「ティアが勝手にそう決めたんでしょう」
互いに譲らず平行線。ムッと頬を膨らませると、アランもまた膨らませている。
「ふふ、不細工ね」
「なにおう! ティアは……んー、可愛いけど」
「はいはい早くギルドに報告しに行きましょ」
「あ! 話変えたね? 言っとくけどおれは赤にはならないからね」
「はいはい、大丈夫よ。すぐになれるわ」
「聞いて!?」
先を行くと、長い足で追いついてくる。
その姿に昔の自分を重ねてしまうから、ひどく突っぱねることもできずだいぶ絆されてしまった。昔の自分とは足の長さが違うから、アランとは違い、軽々と追いつくことはできなかったけれど、だ。
時々彼が言う「可愛い」に性的な意味が込められていないことも要因だった。異性としての魅力ではなく、どちらかといえば子供が可愛い、犬が可愛いという意味合いに近いのだろう。
そうでなければ冒険者の信頼関係など無視して、契約は破棄していたかもしれない。
警戒心を煽られない「可愛い」には安心できた。本当に要領の良いというか勘の鋭い男だ。
「ギルドで報告して報酬をもらったら山分けして解散ね」
各地に設置された冒険者ギルド支部では、冒険者への依頼を発注したり、冒険者が依頼を受注したり、そういうことを取りまとめている。
受けた依頼の報酬もギルド経由で支払われた。冒険者への依頼はギルドで全て管理されていて、達成率や受注回数、依頼者からの評価などが冒険者としてのランクに関わってくる。総合的に判断して冒険者としての技術が認められれば、通達がきて、ランクアップのための試験を受ける資格を得られるのだ。
「ええ? たまには一緒にご飯でもどう? 奢るよ?」
アランはお金には執着しないらしく、得た報酬を簡単に使おうとする。
護衛という名目で私への報酬も別で用意しているのにだ。
その誘いに私はいつも首を振った。
「悪いわね。今日はこれから用事があるの」
何度も使った断り文句に、一切の反論をしてこないことも、アランの良い所だと思う。
そっかじゃあまた今度、とへらりと笑って、二人ギルドへと足を進ませた。