帽子と眼鏡
馬車に揺られて三日後に到着した首都は、以前訪れた時よりも活気で満ちていた。
三階建ての宿屋やお店が建ち並ぶ大通りは、カラフルな三角旗が空を飾っている。
「わあ、これは、盛大なお祭りね」
魔王を封印した勇者たちを、みんながどれほど愛しているのか心強く思っているのか、目の当たりにした。
魔法で灯る街灯には造花のブーケが添えられ、お店の窓には勇者一行を讃えるポスターが見えた。順調に祭りの準備が進んでいるようである。
「お祭りの開催日までにはまだ一週間あるでしょう? 準備の力の入れようが違うわね」
「御者のおじさんもちょっとワクワクしてたよねえ。お祭り自体も十日間もあるんでしょう、どれだけお祭りが好きなんだろう」
「それだけ、みんな、勇者様に感謝してるってことよ」
「そうなのかねえ。お祭りが好きじゃないと続けられないって思うけど」
アランが首を傾げると、フレッドが呆れたように溜息をついた。
「そんなに嫌ならこなければ良かっただろ。わざわざ試験について来なくとも。ティアと二人で十分だった」
「やだなあ、嫌だなんて言った? 言ってないでしょ?」
「お前の様子を見ればわかる。そもそもなんだその帽子は」
「フレッドにはおれの服装にあれこれ言われたくないんだけどな。おれが何を着てようとフレッドには関係なくない? ティアなら、一緒に歩くわけだし、聞き入れようかなって考えるけどさあ」
こんな調子で三日間、馬車の中でも軽い口喧嘩のような小言の応酬は繰り広げられていた。そろそろ私も疲れてくる。
「いい加減にしなさいよ。こんなところでまで。で? アランのその帽子はどういうこと? 眼鏡は?」
「え! 気になる?」
嬉しそうに聞かれると、それはそれで腹立たしい。が、気になるのは事実で。
アランは馬車を降りてすぐ、後ろで結んだ髪をすっぽり覆うほどの大きめの帽子を深く被っていた。広めのつばが目元をも隠し、さらに丸くて細い黒縁の眼鏡が彼の印象を変えていた。
野暮ったい格好はアランの美男子ぶりを半減させている。
「……気になるわ」
「ごめんねえ。ちょっと見苦しいかもしれないけど、おれ首都ではこの格好だから。ちょっと会いたくない人がいてさ」
「ふうん。変装しないといけないほどの」
ここぞとばかりフレッドがにやっと笑った。
「昔の女とか」
「なるほど。それなら別に無理してついてこなくたって良かったのよ?」
大きく頷くと、アランは口を尖らせた。
「フレッドはともかく、ティアまで? ひどいなあ。でも、わかってる。もしも万が一そうだったとしてもティアはおれを守ってくれるって」
「ちょっと、もしかしてまた、知らない女の人から呼び出されるんじゃないでしょうね」
「んー、そうはならないと思うけど。でもそうなったら妬いてくれる?」
「そんなわけないでしょ」
「残念だなあ。危険を冒してまでティアと離れたくなかったってことだよ?」
わざわざ眼鏡を下にずらして、美男子の顔で微笑んだ。無自覚なのか、わかってやっているのか。おそらく後者なのだろうが。
わざとらしくて、馬鹿馬鹿しくて、私にとってはわかりやすく意図が見えて——信頼に値する。
「やめろ!」
言いながらフレッドがアランの帽子をむしり取った。割り込んできた彼に安堵する私は、本当に卑怯者だ。
アランは外気に晒された髪を腕で隠しながら、慌てて帽子を取り戻していた。
「何するんだ! やめてくれ! これはほんとに大事なことだよ。真面目な話、おれがおれだと知られてしまったら、君たちにも危害が及ぶかもしれない。フレッドだって、ティアに怪我なんてさせられないでしょ」
「いや、ほんと何したんだよ、お前」
「それは言えないけど」
ぎゅっと深く帽子を被り直して、もう一度言った。大事なことなんだろう。
「絶対におれの帽子を取らないこと。眼鏡もしかり」
「わかったわ」
「というか、やっぱり、ついてこなきゃ良かっただろう? 危険にしてんの、お前だってことだろうが」
ややあってアランは目を丸くした。
「…………あーあ、気づいちゃった? でも二人は強いから、大丈夫でしょ。おれだけ置いてかれるとか嫌だったし」
くだらない話ばかりの馬車旅だった。
フレッドとの二人旅だったら、まだ少し気まずく思うところだったから、アランには感謝している。フレッドとアランが言い合って、少し私も会話に加わって。というよりも強引に巻き込まれて。
狭い空間に長時間。一緒にいたにしては、自然に会話ができたのではないだろうか。
「ひとまず宿を探して、それから今日はもう休みましょ。馬車での移動は少し疲れたわ」
「ああ、それがいいね」
「まったく明日はもう少しまともな変装をしておくんだな」
そうして、お祭りの準備が進む街中を見渡しながら、手近な、観光者向けの宿に足を進めた。




