進み始めた一歩
「おめでとう! ティアならなれるって思ってたよ。頑張ったねえ」
扉を開けるなりブルーノの満面の笑みに出迎えられた。
銀ランク昇格が目前となり、柄にもなくおろおろとした私を見て、アランがブルーノに連絡してくれたようだった。
お祝いに簡単なパーティーを、とブルーノのカフェに招待されたのは通達を受けた次の日の夜。
「ありがとう。やっとここまでこれた。まだ銀になれたわけじゃないけど……もし銀になれたら、盛大にお祝いしてね。銀になれたらすごいものをプレゼントするんだから」
銀になれたら、ブルーノの義足を手に入れる。それが変わらない望み。
そっと抱きしめてくれるブルーノは眉を下げて困ったように微笑むけれど、私は気にしない。気にしてしまったらブルーノの優しさに甘えてしまう。甘えてしまえばきっと私は止まってしまうから。
「でも今日のお土産だって、すごいのよ。見て」
明るい笑顔でブルーノの腕から抜け出すと、扉の外から腕を引く。視界に入ったそれにブルーノの目は狙い通りに丸くなった。
「フレッドっ!?」
「っ」
目を逸らすフレッドの反対側の腕は、アランががっしりと捕らえていた。逃げ出す隙もないくらいに力が強いのか、それとも本当はお店に入ってみたかったのか。
渋々といった表情は、決してお祝いの場には似つかわしくはないのだが。
「せっかくのお祝い、というか壮行会なのだし、一緒にどうかと思ったのよ。フレッドも銀ランクへ昇格するかもしれないんだから」
黒ランクまでは街のギルドで取得できるが、銀ランクとなると首都のギルド本部まで出向かなければならなかった。これまでの昇格試験とは違い、試験日は年二回と決まっていた。本部はここから馬車で三日間ほどの距離にある。
その場所で、噂によれば、銀ランクもしくは金ランクの相手と手合わせをしなければならないらしい。
「聞いてはいたが、同時にというのも珍しいねえ。——ようこそ、俺のカフェへ。やっと来てくれたのか」
「…………別に俺が来たかったわけじゃ」
微笑むブルーノを拒むようにフレッドが目を逸らす。
その腕をぐいっと引き寄せて、無理やり同じ青い瞳を引き合わせた。
「ふふ、驚いた? 嬉しい?」
「驚いたとも。嬉しいよ、ありがとう」
そう言ってハグしてくれるから、私もそれに応えることにする。
「こちらこそご招待ありがとう。頑張ってくるね」
「うん、頑張っておいで」
「だーーーーっ! おい、離れろって!! まだやってんのか! ティア、いつまでも子供じゃないんだ、ブルーノに抱きつくのはやめておけ! そんな変な顔をしたって駄目だからな、本気で言ってんだぞ」
アランが面白がって手を離したから、フレッドは勢いそのまま私とブルーノの間に割って入った。
「え、でも挨拶だし……」
「そうだが! そうじゃない!」
「おかしなフレッドだな。最近は会っていなかったけど、いつもこんな調子なのか?」
「うっさい!」
どことなく口元に笑みを浮かべるブルーノを睨みつけ、私の手首を掴む。ずんずんと店内に進み、料理と飲み物が置かれた、いかにも特等席なテーブル席に腰を下ろした。
「わざわざ来てやったんだ! 変なものを出しやがったら許さないからな」
普段の営業時間は昼。ランプで照らされた店内はいつもとは違い幻想的な雰囲気を醸し出していた。オレンジ色に揺らめき、昼間とは違った影を落とすテーブルの上を、置かれたいくつかのキャンドルの灯がさらに彩っていた。
「どうだろうな? ティアの心は掴めると思うんだけど。フレッドが来てくれるとは、まさか思っていなかったからなあ」
「だから、それはティアが来て欲しいって言うから、仕方なくで……」
「はは、相変わらずティアに弱いんだなあ。もっと早くティアに頼めば良かったかな」
久しぶりに聞く兄弟の会話に、私はこっそり目の奥が熱くなったのだ。
「いつ出発するんだい?」
夕食を堪能した後、おもむろにブルーノが口にした。
フレッドもアランもこちらを見てくるから、そういえば考えていなかったなと思った。
「そうね……首都に行くのも久しぶりだし、少し見て回りたいかしら。あと試験前に環境に慣れておきたいから……遅くとも一週間前までには向こうに着いていたいわ」
小さく首を傾げて言うと、ブルーノが大きく頷いた。
「それがいいね。向こうもバタバタしているだろうから」
「何かあるのか?」
「フレッド、お前、知らないのか? 首都では今、勇者一行を讃えるお祭りの準備で忙しいんだ。ほら数ヶ月前に魔王が封印されただろう? 凱旋パレードはあったが、改めて勇者一行を讃える、魔王封印を祝うってことで、平和祭だったか、お祭りが開かれるんだそうだよ」
「え!?」
「なんだ、ティアも知らなかったのかい? 時期が被るなんて、今回の昇格試験の受験者にとっては災難だなって……ティアは嬉しそうだね?」
咄嗟に頬を引き締めたもののブルーノにはお見通しのようだった。
「ええ……別にいいでしょ? 一度見てみたかったのよ、勇者様。というよりも一行の皆様、かしらね。あの魔王を倒せる方々なんだもの、一番強い力を持つ人達ってことよ。気になったっておかしくないでしょ」
魔王が倒されたと知った時から、いつか一目会えればと思っていた。
魔王が采配した魔物には随分と苦しめられてきた。魔物がおかしな行動を取るのも集団で動くことも、魔王が完全復活してからだ。というよりも、そう書かれた文献が残されており、魔物の異常行動によって魔王の復活が判明したわけだが。
魔物の異常行動によってブルーノは片足を失ってしまった——その元凶は、魔王ということだ。
それを倒してくれた勇者一行には、私には手が届かなかった強敵を倒してくれた彼らには、尊敬と感謝をしてやまない。
「試験は一ヶ月後だから、五日後には出発しようかしら。お祭りの様子も気になるし。首都だもの、こちらにはない装備品も売っているでしょうし」
アランが頷いていた。
「そうだねえ。五日間もあれば首都に行く準備も十分にできるし、向こうのお祭りとやらの雰囲気も楽しめる。じゃあ、出発は五日後にしようか」
「しようか!?」
「何を驚いてるのティア。もちろんおれも行くでしょ? まさか置いていくつもりだったとか言わないよね?」
「え、だって、試験を受けに行くのは私で……アランが行く必要はないのでは……?」
呆れたように溜息を吐くのは、きっとわざとだろう。
「全く、いつになったら覚えてくれるんだろう。ティアはおれをあらゆるものから守ってくれるんでしょ」
「……そこまでの契約はした覚えがないのだけれど……?」
「いいじゃない、いいじゃない。ティアが勇者のことを気になるっていうから、おれもちょっと興味湧いてきちゃったんだよ。だから一緒についていこうかなあってね。ティアの傍から離れたくもないし。もちろんティアの昇格試験の応援もしたいしさあ」
流れ落ちる水のようにサラサラと首都へついて行く口実を述べたアラン。それにつられるようにフレッドも手を上げた。
「だ、だったら俺も行こう。俺も試験を受けるんだからな、一緒に。俺も同行したって問題ないだろう?」
助けを求めるつもりでブルーノを見たが、その目はただただ微笑ましいものを見るそれで。
助力を得られない私は、戦うことすら億劫になって、額に手の甲を押し当てた。
「……もう、好きにしなさい……」
こうして一瞬思い浮かべた一人旅は、儚く砕け散ったのだった。




