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崖っぷちの花は錆びれた聖剣のそばで咲く  作者: 夕山晴


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アランの処遇

 ヴァンパイアバットとの戦いから早二日、幾度となく聞かされた言葉に辟易する。


「だから! お前は騙されてるんだって」

「またその話? いい加減にしなさいよ」


 フレッドと顔を合わせるたびに喧嘩を売られていた。人の少ない時間帯、少し小腹を満たそうと入った食堂でも出くわすとは思っていなかったが。

 様子を伺っていたのかもしれない、声をかけられたのはちょうど席を立とうとした時だった。ただ、以前よりも険悪にならないのはフレッドの顔がこれまでと違うからだ。


「この目で見たんだ」

「……アランが魔物の前で、私の助けを待ってたって?」

「ああ。わざとだぞ、絶対」

「……絶対ねえ? そんな危険なことをわざわざするかしら?」


 なお言い募ろうとするフレッドの顔は真剣を通り越して必死そのもの。

 これまでのように私を囲おうとするわけでもなく、馬鹿にする様子もなく、案じているわけでもない。伝わらないことが悔しい、そんな子どものような表情だから、喧嘩を買わないでいてあげられる。


「おそらく、あいつにとってあの程度の魔物、大した脅威じゃねえんだろ」

「……はあ。それは前も聞いたわ。でもそれなら守ってなんて、私に言う? ヴァンパイアバットは弱くはないのよ。中級ね。それを脅威ではないと言うなら、私の力は必要ないということになるでしょう?」


 アランは私に護衛分の給金も支払っているのだ。

 必要のないものにお金を使うだろうか。——お金には執着しないアランにはあり得ない気もしないが。


「だから! 思うに、あいつはティアの力が目的なんじゃなくて、ティアに近づく口実が欲しくて」

「どうして」

「そりゃあ、ティアの身体が……」


 言いかけたフレッドの口が背後から伸びてきた手に塞がれた。息もできないくらいに力を込められたのか、もごもごとフレッドがもがく。


「——ちょっと待とうか? それはさすがに風評被害すぎでしょー。やめて、おれの清廉なイメージが崩れちゃう」

「ああ、アラン。いいところに来たわね。フレッドがずっと、あなたが私を騙してるって言うの」


 なおフレッドの口を押さえ続けながら、アランはわざとらしく肩をすくめた。


「んー、突っ込んではくれないんだ? 寂しいなあ」

「……元より清廉なイメージなんて持っていないから安心して。…………これでいいかしら」

「ふふ、いいよいいよ。で、おれがティアを騙してるって? いや、こんなに誠実な男はなかなかいないと思うよ。ティアに嘘なんか吐いたことないもん」


 嘘くさい台詞だが、そう言われると嘘を吐かれたことはない。はぐらかすことはあるけれどだ。

 考え込むように顎に手をやり、少しだけ時間を置いて顔を上げた。


「うん、やっぱり、今回もアランの方が優勢ということで」

「なんでだよ!」


 アランの手を剥ぎ取って口を開いたフレッドは、やはり歯痒そうに頭を抱えた。


「こんなに言ってるんだ、一度くらいちゃんと俺の話を聞いてくれてもいいんじゃないか?」

「聞いたわよ。聞いて、これ」

「信頼度の差だよねえ」

「——違う」


 うんうんと頷くアランを首を横に振って否定した。


「フレッドはアランが私を騙していると言いたいわけでしょう? でも私は騙されているとは思っていないのよ。本物のギルド石が私よりもランクが低い緑で、ちゃんと護衛の報酬だってもらってる。たとえ、フレッドの言う通り、アランがわざと魔物に近づいていたとして、それも仕事の一部だろうと思うのよ。私がアランを守らない理由にはならない」


 頭を抱えるフレッドがますます顔を歪ませ、反対にアランは嬉しそうに綻ばせた。


「さっすがティア。仕事人! 大好き」

「くそ……ふざけんなよアラン」


 いつの間にか随分と打ち解けている二人に、私の眼差しが緩んでいることに気がついた。そっと頬に手を当てる。

 私が気を抜いてしまっていいだろうか。そんな資格があるだろうか。私が幸せになってもいいのだろうか。そう自問して、顔が緩む原因をぎゅっと胸の奥へしまい込んだ。


 顔を上げるとアランと目が合う。見透かされていそうな金色の瞳をしているが、相変わらず彼は何も言わなかった。流れるように話さえも変えてくれる。


「ああ、そういえばティア、ギルドから呼ばれてたよ。だから探してたんだ。……ついでにフレッドも」

「何かしら。フレッドも?」

「いや俺も知らない。何だろうな?」


 フレッドと二人、首を傾げた。

 ギルドから呼ばれることは時々あった。ギルドへの依頼の中には指名付きのものが存在したし、他にもギルドが適任者を選び打診してくることもあった。ただ、黒ランクが二人——しかもパーティーを組んでいるわけでもない二人が同時に呼び出されることはそうあることではない。


 アランが何気なく言うものだから、これが待ち望んだ瞬間だとは思いもしなかった。

 ギルドへ着いて驚いた。銀ランクへの昇格試験、その受験資格を得た通達だったのだ。


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