新しい相棒は守られたいだけ
アランが受ける依頼は、いつも簡単なものだった。初心者である青ランクが受けるような飼い犬探し、薬草取り、雑草抜き、見張り番……。
この一週間、どのように依頼をこなすのか見ておこうと口は挟まなかったけれど、とうとう言ってしまった。
「ねえ、何考えてるの。これじゃあランクアップなんてまたまだ先よ」
「やだなぁ、ティア。おれ、ランクアップしたいなんて言った?」
言われて振り返る。言っていない。
「え! 自分では難しい依頼を受けたいから、守ってほしいなんて言ったんじゃないの?」
「違うよ? ただ守ってほしかったから」
「でもこんな簡単な依頼、わざわざお金まで払って護衛頼まなくたって、一人でもできるじゃない」
だから初心者向けの依頼だった。
ツテも力もない初心者でも完遂できるから。
「うん、だけど、みんな嫌がるでしょ」
「え?」
「初心者向けの依頼だからって、青から緑になった途端、受けなくなるでしょう」
「それは、残しておかないと初心者は受けられる仕事が無くなるから」
「みんながそう思ってるってことはわかってるんだ。だけど青は簡単な依頼を、数さえこなせば、すぐに緑になる。今、初心者がどのくらい街にいるか知ってる? おれが受けてるのは、ずっと掲示されててなくならない依頼だよ」
へえ、と思った。へらりと笑いながら簡単な依頼ばかりこなしていくアランを訝しく思っていたところだったから、少し見直した。
「どんな難易度でも困ってる人がいるのは、一緒だものね。いいわ、理解した。でも合間にもう一つ上のランクもこなしましょ。この依頼ばかりだと私のいる意味がないもの」
「ええ……おれはこれでいいのに」
「駄目よ。私はあなたが赤になるのを見届けないといけないんだから。そういう契約でしょう」
「うん、だから、おれはランクアップしたくないんだよ」
「どうして?」
頬を人差し指で掻きながら、アランは再びへらりと笑った。
「んー? ティアに守ってもらえなくなるもん」
「だめ。早く次の依頼を受けに行きましょう」
「え~~~~」
心底惜しそうに頬を膨らませているが、アランの目はまた、私を見ない。どこか遠いところを見ている気がしてならない。
私に興味を示さない男が珍しく、気にはなるけれど、触れてはだめだと直感が告げている。だから嘘くさい言葉を信じてあげる。
「会って数日の私に情なんてあるわけないでしょ。さっさと依頼を受けて、ランクアップして」
「それで? また一人に戻るの?」
出会ってそう時間も経っていないのに、この男は耳に痛いことを言う。少しくらい思慮深くなったらどうなの。痛くなった頭を押さえながら頷いた。
「それで……そう、元の生活に戻るの」
「戻れるの?」
「──もどるのよ」
身の丈に合った依頼を受けて、ガヤガヤとした食堂で一人ゆっくりして、顔見知りたちの活躍を聞いたりして。
そうやって過ごしてきた日々。成り行きから始まったが、悪くない生活だった。
常に持ち歩く長い杖をギュッと握った。
私は魔法使いだ。魔法を使うための道具は、いつだって私と共にある。手元は細いが、先に向けて徐々に太くなっていく形状のそれは、魔法使いの杖として一般的なもの。大きさは場合によって小さくもできるが、魔法を発動する時には本来の姿——背丈以上ある杖となる。
先に嵌められた魔法石は、取り替えることが可能だが、私はずっと変わらず同じ石を使い続けている。冒険者になる時にもらった、深い青色の魔法石。とても大切なものだ。
アランは数回瞬いて、ふっと笑った。
言いたいことはありそうだが、飲み込んでくれたようだった。勘の鋭い男だと思う。
「んー、そっか。わかった。じゃあおれはできるかぎりランクアップしないようにしよう。死んでほしくないからね」
「死なないわよ。私、強いもの」
「うん、だからおれを守ってね、約束」
小指を立てたアランには笑ってしまった。
約束する二人が小指を絡ませるのは、幼い子供がおまじないのように使うものだ。
そういえば冒険者になった日にも、おまじないのような約束をした記憶がある。今思えば、別の約束を交わしていれば、今とは違う生活を送っていたのかもしれない。
感傷に浸りそうになる心を、アランの手を叩きながら追いやった。アランには悪いが、もう約束はしないと決めている。
「ええ、契約だもの。さあ、次の依頼を受けに行きましょう」
アランは払いのけられた手をさすりながら「えー」と不満そうだった。