夜の森のたたかい
夜の森は、気配探知が重要だった。アランと共に周囲に気を配りながらの仕事となる。
ただでさえ木々で視界が限られる中、暗闇も相まって見にくく、中級者向けの依頼だった。
「今日は出るかなあ」
「どうかしら。頻繁に出没するという話だけれど、ここ数日は見ないわね」
夜の森に出没するというヴァンパイアバット。その名のとおり人の血を吸う蝙蝠で、それを退治してほしいという依頼だった。
森は二つに分けられており、街に近いユークシーの森と、より奥に広がるカークシーの森だ。その境界には魔法で作られたベルが設置され、カークシーの森からユークシーの森に魔物が侵入するとギルドへ通知されるようになっている。魔物が多く出没するカークシーの森は、冒険者もしくはそれに準ずる特殊職しか入ることができないことになっているが、ユークシーの森には近くの住人でも入ることができた。自己責任ではあるが。
今回のヴァンパイアバットもユークシーの森に出没しているらしい。日没間際に見かけたということで、ここ数日、退治するために見回っている。けれど一向に姿を現さない。
「早く退治してしまいたいわ」
「そう? この前フレッドと話してから、なんだかティアの元気が無さそうだから、しばらく出なくていいなっておれは思ってたけどなあ」
「何言ってんの。元気よ」
「そうか、じゃあ今日くらい、そろそろ出てくるかもねえ……なんか、余計なのもついてきてるし」
アランが視線をやった背後には、少し離れて、フレッドがいた。
こちらも気配探知は抜群で、耳聡く声を拾うとわざわざ大きな声で返事がある。
「余計なのって俺のことじゃないよなあ?」
「わあ、ちゃんと自分でわかってるじゃん。ティアとの時間を邪魔しないでってば」
「俺もいた方が早く終わるだろうが!」
少し空けている距離に意味はあるのだろうか。
私が食堂で「置いて逃げてくれる人としか組みたくない」のだと打ち明けてから一週間が経っていた。
その間に、フレッドの態度が少し変わってきた。私のことが大事だと態度に示さなくなったのだ。正確には、「守る」と口にしなくなったのである。
今回の付き添いも、彼はアランが気になるからと、それから暇だからだと言っていた。アランに何事もないようにと言っていたが、あまりに辿々しく、おそらく本心は違うのだろう。が、表向き、私を気にしない素振りに——申し訳なく思うものの——救われているのは事実だ。
大声で会話を広げる男二人に首を傾げながら、遠く広い範囲にまで気を配った。今の私であれば、カークシーの森まで探知できる。随分と成長したと思う。面と向かって聞いたことはないが、昔のブルーノに負けず劣らず、ではないだろうか。
「——きた」
四体。報告どおり。
ここ数日姿を見せなかったヴァンパイアバットが、近づいてくるのがわかる。
騒がしくしていたアランとフレッドも姿勢を正した。
この蝙蝠の厄介なところは、甲高い鳴き声で人を惑わすことと、分身し数が増えること。分身をいくら相手にしたところで、本体を叩かなければ倒せなかった。
——キイィィィィィィーーーーーー
「鳴き声!」
瞬時に結界を張る。形のない攻撃のため完璧に防げないとはいえ、多少和らぐはず。
「え、すごい。綺麗」
隣で目を見開くアランが嬉しそうに顔を緩めていた。緊張感のない顔だった。
さらに隣で、うんうんと頷くフレッドが見える。
「そうだろう。ティアの結界は綺麗なんだよな。歪み一つない。俺には形くらいしか感じ取れないが、魔法使いだったら、もっとちゃんと見えるんだろうな」
結界に関しては師匠で友人のアグネスにもお墨付きをもらっている。
今もなお黒ランクの冒険者だが、もう歳だなんだと言って仕事はほとんど受けなくなっていた。時々顔を見せに行き、魔法を見てもらったり愚痴を聞いてもらったりしている。それはさておき。
「音にはあまり効かないから、油断はしないで!」
「リョーカイ」
「一人一体ずつにしましょう。私は二体受け持つから。アランは無理しない。フォローもするし、何かあれば結界の中へ」
「わかった」
「逃がさないように周囲広範囲にもう一つ結界を張っておくわ」
無茶な要求だとは思わなかった。
本当は、一体ずつ結界で区切って三人で一体を狩れば良いのだが。魔力の消耗が激しいためあまりやりたくはなく、戦力的にそこまで丁寧になる必要もないと思った。
フレッドは言わずもなが、アランもまたあまり前に出ようとしないが実力はある。上手く結界を利用すれば何の問題もないと思った。
ヴァンパイアバットが思いのほか上手に連携し始めるまでは。
ヴァンパイアバットは分身する。が、ただの幻覚だ。こちらからの攻撃は本体にしか効かないのと同様に、あちらからの攻撃も本体からしか来ないのだ。
だからどれが本体なのかわかれば他はただの目眩し。構う必要もないものだ。本来なら。
が、時折、分身の方から攻撃が届く。幻覚ではない、当たれば皮膚が切れる、本物のだ。
本能的になのかそれとも狙っているのか、別の個体が合わせたように鋭く刃のような風で攻撃してくるのだ。一体は倒したものの、他、アランやフレッドのところにいる魔物からも攻撃の援助があるようだ。
だから周囲を気にする余裕がなかった、というのは言い訳だが、気づくと少し離れた位置、無防備な状態のアランの背後に一体のヴァンパイアバットがいた。
彼から意識を逸らしたつもりはないけれど、どうしてそんな状態になったのかはわからない。
結界の中でもなく、剣を構えてもいないアランの方へ手を伸ばす。
「間に合って————!」
不得意だった攻撃魔法。今では、正確に強力に放つことができる。
咄嗟に出るのはやはりその中でも得意な水魔法。鋭く尖った水の槍だ。生える木々の間を縫うようにスピードを出す槍は、ヴァンパイアバットに当たる直前、霧散した。
「……フレッド!」
彼の愛剣が振り下ろされ、魔物はすでに倒されていた。
慌てて攻撃魔法を解いたが間に合ってよかった。ほっとしつつ、私に割り当てた残り一体に全集中する。気にするものがなければ一体くらいは大したことない。
残された一体に水の槍を降らせて仕留めたとき、遠くフレッドの険しい声が聞こえた。
「ふっざけんな……!」
何事かと思った。倒した魔物の後処理もせず、私は慌てて彼らの元へ向かったのだ。




