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崖っぷちの花は錆びれた聖剣のそばで咲く  作者: 夕山晴


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冒険の終わり2

 

 それでも足を叱咤して、少しでも早くブルーノの元へ向かう。

 ビリーとその仲間たちも、顔に焦りを浮かべながら全速力だ。身体強化に背中を押す風魔法、それらを駆使しながら、そびえ立つ木々を躱して走っていた。

 頬に葉が当たれば、赤い一筋の傷がつく。それでも加速はやめなかった。


「もう、すぐそこです……!」


 そうしてすぐ、目の前に広がった光景は、凄惨たるものだった。

 半分に切られたホーネット。木に叩きつけられたように潰れたホーネット。地面にひっくり返って足を丸めるホーネット。

 たくさんの死骸を避け、わずかに息のある瀕死体に止めを刺しながら進むと、地面に落ちたホーネットの数はどんどん多くなる。


 結界はもう解けていた。


「……ああ、ありがとう。ティア。応援呼んできてくれて」


 自分の血なのか返り血なのか、おそらく両方であろう、血だらけの顔でブルーノはわずかに口端を上げた。

 曇り空のせいでより鬱蒼とした森の中で、一本の大木の根元に座り込み、死骸に囲まれるその姿は、私には遠く、孤高の存在のように見えた。


「こンの馬鹿が!!」

「うわあ、ビリーか」

「ビリーか、じゃないっての。生きてるだけで奇跡だろ、もうしゃべんな。大丈夫だ。……足は?」

「……ああ、これ? 刺された。毒が回らないように縛ってみたが……なあ」


 見ると、左足の膝上あたりにきつくロープが縛られている。


「くそ……!」

「まだ手が思い通りに動く時でよかった。今はもう手も足も動きそうにない。運んでくれ」

「当たり前だ」


 ブルーノは返事を行くや否や、意識を手放して崩れ落ちた。その様子にようやく人間だったことを思い出す。慌てて、身を起こす、その手伝いをした。

 力なくうな垂れるブルーノの姿を見るのはこの時が初めてだった。


「よし、早く森から出るぞ! 一刻も早く治癒士のところへ!!」


 来た道を再び駆け戻る。

 走りながら、溢れてきた涙を指で流した。涙の粒は森の奥へ消えてしまえ。

 生きていて良かったと安堵すべきか、一人で無茶をしてと怒るべきか。そのどちらかでありたいと思うのに。


 ビリーがブルーノを担ぎ上げる時、手を貸していた私は気づいてしまった。本当は気づいてはいけなかったこと。


 ブルーノは通信具を持っていた。

 ()()()()()()()、私に人を呼びに行かせたのだ。




 ブルーノの怪我は、道中、ビリーの仲間から治癒魔法をかけてもらっていた。応急処置としての血止め程度だが、ギルドに到着した頃には、見た目には大きな傷は無くなり、きつく縛られた左足だけが目立っていた。


「これは……」


 街一番の治癒士も、匙を投げた。

 死人を生き返らせることはできないように、死んだ足は元に戻せない。左足以外の傷は全て治してもらいはしたが、ブルーノは大きな決断を——選択肢のない決断をしなければならなかった。


「この左足はもう治せない。切るしか、方法はない」


 それは冒険者にとって、職を失うに等しい宣告だった。しかも黒ランク。これまで通りの依頼を受けるには、片足では難しかった。

 ブルーノは、そうか、とだけ言って、力なく笑った。どこかの時点で、彼なりに覚悟を決めていたのだろうか、反論も怒りもなく、ただ受け入れたように見えた。


「じゃあ、切ってくれ。とりあえず義足はあるものでいいよ」


 その言葉に、泣いたのは私だ。

 ブルーノはそんな素ぶりさえ見せないから、と人のせいにして。

 ブルーノを想っての涙なのか、それとも別の涙なのかわからないまま、ブルーノにしがみついた。


「ブルーノ……!」

「ティア、ごめんな。相棒は続けられそうにない。ごめんな」


 大粒の涙を流す私に対して、こんな時でも、ブルーノはブルーノだった。

 いつだって私を気遣ってくれる、随分と大人びた、憧れのブルーノのままだ。


「こんな大怪我をするつもりはなかったんだけどなあ。失敗した。過信しちゃったかなあ」


 それが悔しくて、不甲斐なくて。

 森から戻る間、なんとか耐えていた私の涙は、もう止まらなかった。


 もしも私の結界が、もっと頑丈であれば。

 もしも私が、攻撃魔法も得意だったなら。

 もしも、ホーネットの特性をきちんと把握していれば——ブルーノの嘘に気づいていれば。


 私は何も知らず、知らされず、ただ逃がされるだけではなかったはずだ。

 ただ守られるだけではなかったはずだ。


 ブルーノが正しく相棒だと思ってくれる、そういう私であれば……ブルーノが背中を預けた先が、森の大木ではなく、私だったなら。

 ブルーノの足は無事だったかもしれなくて、これから先も、これまでと変わらずブルーノと一緒にいられたはずだ。


 わんわんと人目も気にせず大きな声で泣きながら、私は、強くなろうと決めたのだ。

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