守られたくない理由2
努めて笑顔を作ったけれど、彼も幼馴染の一人、残念ながら簡単には誤魔化されてはくれなかった。
何かを言いたそうに口を開くから、遮るように頭を下げた。
「この前のボア討伐、あの時は申し訳なかったと思ってるわ。フレッドも知っての通り、あの時と状況が似ているところがあったでしょう? だからこそあなたが気遣ってくれたのも……わかってるの」
あの時——ブルーノが怪我をした時。言葉にはしないそれにフレッドはもちろん気づいてくれる。
「ありがたいことだとも思ってる。大事にしてくれようとしていることも知ってる。……でも駄目なの。それが辛い」
「ティアが大事なんだ、当たり前だろう」
フレッドの優しさが、心を抉る。胸に何か大きなものがつかえていた。
「ティアが……ブルーノのことを引きずっているのはわかってんだ。俺も人のことは言えないが。だけど、あれは誰も悪くなかっただろ。誰のせいでもない。誰のせいでもなかった。……ティアが震えてたら俺だって力になりたい。俺もブルーノみたいにティアが大事なんだ」
「——やめて」
短く言って、閉じこもるように心の蓋を閉じた。
フレッドから優しい言葉を掛けられるたび、思うことがある。
どうかブルーノの影を追いかけないで。
「……ビリーには言ったんだけど、あなたにも言っておくわ。私は、あなたと一緒にいると不安なのよ。ブルーノのことがあったでしょう。あなたの身にもあんなことが起きたら、と思うと、一緒にはいられない。だからずっとあなたの誘いは断ってる」
大切なのよ。もし大切な幼馴染にまた何かあったらと思うと苦しくて。
「恥ずかしいけど、この前のボアで思い知ったわ。私もまだ本調子じゃないみたい。魔物の大群がいて、それでブルーノによく似たあなたがそばにいたら、取り乱してしまって。改めて、フレッドのそばでは力が出せないって実感した。私の鍛錬不足なのは認めるけれど」
お願いだから、ブルーノのようにならないで。
声にならない願いはフレッドの耳には届かない。
拒絶する私に躊躇なく手を伸ばしてくれる。
「だから、そんな状態だからこそ、俺と一緒にいたらいいだろうが!」
「いいえ、駄目よ」
もしそうできたら、どんなにいいだろうか。
「フレッド。私がブルーノの時と同じ状況になったら、もしもそんな事態が起きたとしたら。あなた、私を置いて逃げられる?」
「逃げるわけないだろ!」
優しいフレッド。ブルーノと同じ。
だから私は綺麗に微笑んでみせる。
「——だから、駄目よ。私は、私を置いて逃げてくれる人としか、もう組みたくないわ」
野良はいい。どこのパーティにも所属していないから。
もし何か起きたとき、優先されるのは仲間。一番初めに切り捨てられるかもしれない。そんな野良なら、安心できる。
「そん……っ!」
理解してくれるかはわからない。けれど別にいい。わかってほしいとは思わない。ただ、フレッドに何事もなく、無事であれば。フレッドが私を庇うようなことにならなければ。
明確な拒絶を視線に含ませた時だった。
険悪になりそうな雰囲気をぶち壊すように、割り込む声がある。
「えーー。おれは? もしかして、おれも置いていきそうだと思われてる? だったら心外だなあ」
近づいてきていたのは見えていたから、驚きはしないけれど。
間延びしたアランの声は、案の定、気が抜けた。
「いいえ、あなたは私の言うことを聞かなくちゃ。ちゃんとね」
「逃げろって言われて、おれが逃げるって?」
「ええ。逃げないのなら、あなたとの契約もおしまいね」
「ちょっ! あんまりだ!」
わざとらしく悔しがるアランはどうにも憎めない。この場をあえて壊してくれたのだろう、と思うのは、都合よく考えすぎだろうか。
「ま、迎えにきたよ。少し遅くなっちゃった。今日はこれから仕事なんだよね?」
「ええ。夜にしか現れない魔物らしいわ」
「ふぅん。今日は出るかな?」
「どうかしら。行ってみないと」
席を立つと、後ろから引き留めるフレッドの声がした。
「ティア……!」
「悪いわね。これから仕事なの。またね」
どうにか振り切って、店を出ることにする。
間際、アランがフレッドに何か言っていたが、気にする余裕はなかった。
店を出るとき、アランはフレッドを睨みつけた。
「ねえ、君、ティアを泣かせたいの」
「まさか! 泣かせたいわけないだろう!?」
アランは物分かりの悪い子供を見るように、目を細めた。
「あのままだと泣いてたよ」
「お前に何がわかるんだ。ティアは強い。泣かないだろ」
溜息を吐いた。彼女は強い。けれども。
コレのそばにいるのはしんどいだろうな、と思う。
「泣くよ。どんなに強い人だって泣くことはあるし、別に泣いたっていいんだ」
「そんなのはわかってる」
反論することすら面倒に思えて、肩だけすくめることにする。
「人によっては、心の中だけで泣く人もいるしね。涙が流れないからといって泣いてないわけじゃあないんだよ。……泣きたいのに泣けないのは、辛いと思うよ」
それだけ言い置いて、アランはティアの後を追う。フレッドの少し強張った顔には、胸がすく思いがした。




