二人の相棒1
「やあ、いらっしゃい。待ち侘びたよ」
冒険者の仕事はこの日、休むことにしていた。
いつもの通りにブルーノの店にやってきたはいいものの、どうにも落ち着かない。理由もちゃんとわかっている。
「わあ、ここがティアのおすすめのお店……!」
物珍しそうに店内を見回すこの男、アランが原因だった。
連れてくるつもりはなかった。連れてきたくもなかったが。
「おお、やっと連れてきてくれた。君がアランだね? ティアが用心棒をしてるっていう」
「やめてって、用心棒ってことまではしてないったら」
「ティアに守ってほしいって言ったんだって?」
ブルーノの強い希望を叶えるため、案内することになった。長い間渋っていたが、とうとう断りきれなくなってしまった。
「ええ、まあ。食堂でティアが守られたくないって言ってたから、もしかしたら守る側なら引き受けてくれるんじゃないかって一か八かで。守ってくれる人、探してたんですよ」
アランの上から下まで眺めたのちに、ブルーノは人当たりの良い顔をして言った。
「そういうのを引き受けるために、ギルドがあるんじゃないかな?」
「だと思ったんですけどね。仮にも冒険者、良い歳の男で、しかも高ランクの依頼を受けたいわけでもなくて、となるとギルドにも紹介はしにくいと言われてしまって」
「ふうん? ……それは大変だったなあ。たまたまティアと出会えて幸運だったね、君も」
「ええ、巡り合わせってあるんだと思います」
お互いに笑顔ではあるものの、どことなく悪い雰囲気を感じ取って、慌てて外のテーブルを指差した。
「ブルーノ、いつものあのテーブル座っていい?」
「ああ、どうぞ。いつもみたいに好きに寛いでおくれ」
そう言ってコーヒーを淹れに行く。
義足ながらも危なげない歩行は、訓練の賜物だ。冒険者時代に鍛えていたことで、慣れるのも多少早かったと聞く。
「ねえ、ブルーノさんってさあ、フレッドたちが言っていた、あの……?」
「ええ、そうよ。フレッドのお兄さん」
「へえー。……ティアの相棒の?」
テーブルに肩肘をついたアランの言葉にどきりとさせられた。
そういえばフレッドにはそう答えていた、と思い出す。
「正確には、元なのよ」
「ふうん、なるほど」
幾度か頷くと、私が持ってきた手土産のクッキーを口に放り込んだ。
「ちょっと! それはブルーノに渡そうと思って持ってきたんだから」
「ええー。いいじゃない。ブルーノさんだってそんなこと言わないと思うよ。ねえ?」
コーヒーを運んでくるブルーノに向かって尋ねると、彼は苦笑した。
「いいよ。せっかく持ってきてくれたお菓子、みんなで食べればいいじゃないか」
ブルーノはカップの乗ったトレイを置くと、同じく席に着く。
よくお店にはくるけれど同じ席に座ることは滅多にない。こんな時間はとても特別だから、アランを連れてきたことも無価値ではなかった。そう言い聞かせることにする。
「え、いいんです? お店は」
「いいんだよ。今日は定休日なんだ」
「なるほど、そんな日にお店を開けて…………わざわざ、おれのために?」
「ふふ、そうだよ。ティアの相棒に、興味があって」
穏やかに笑う姿はいつも通りのように見えるが、少しの緊張感もある。ブルーノは私に対して、結構過保護なところがあるからだ。
彼と相棒だった頃も、知らない男に声をかけられそうになるたび、私のそばに寄ってきてくれていた。そばに男の人がいる、というだけで声をかけられる回数はぐんと減った。相手が黒ランクのブルーノだったから、というのもあるだろうが。
「そっかー、なるほどー、へえ、ティアってば愛されてるー」
「わかってくれるようで助かるよ。本当にこの子は、俺にとって大事な子なんだよ」
にこりと笑い合って、ブルーノは私の頭を撫でる。
いつもは安心する手のひらが、アランの目が気になって、急に心地悪かった。
「やめてったら。もう子供じゃないんだってば」
「ごめんごめん。でもいつまでもティアのことは心配なんだよ」
ブルーノにはいつだって心配をかけてしまっている。
冒険者時代、相棒だった時も。相棒ではなくなった今もだ。申し訳なくて、もっと強くならなくちゃと、そればかり思う。
ブルーノの言葉を当たり前のように受け取ると、向かい合って座るアランが面白くなさそうに声を上げた。
「あ。おれだってティアのこと心配したいのに。ブルーノさんばっかりずるくないです?」
「え? 心配くらいしたらいいんじゃないか」
「それが聞いてくださいよ。ティアってば心配もさせてくれないんですよ」
そうして話し出したのは、先日のギルドの召集のこと。止める間もなくアランの口が動いた。
「ブルーノさんも知ってます? 先日ギルドから召集があって。対象は赤ランク以上だったから、おれは参加できなかったんですけど」
「ああ、あったらしいね。近くの森にボアの集団が出たとかなんだって聞いたなあ。アランは確か緑ランクなんだっけ?」
「そうなんです。で、呼ばれるまでティアとは一緒に居たんですよ。それが、急に呼び出しされちゃって、ティアは戦いに行ったわけですよ。おれは連れてってもらえなかったから、ティアだけ、ですよ?」
「うん」
「心配するじゃないですか、普通」
「うん」
頷いてくれるブルーノに後押しされるように、アランは饒舌だった。
「でしょう! で、次におれが呼ばれたのは、討伐した魔物の後処理だったんです。もう戦いが終わってて。ティアを見れば返り血を浴びたりしてるわけですよ。心配するじゃないですか、普通」
「…………そうだね。するね。普通」
「でしょう! 普通、心配しますよね。だから心配だって正直に言ったんですよ。そしたらティアってばなんて言ったと思います? じゃあ相棒やめる? ですよ。信じられます?」
「ええ……極端だな、急に」
「そうでしょう! そうでしょう! ブルーノさんならわかってくれると思っていました。待ってる間、本当に気が気でなくて。守ってもらう立場だから力にはなれないにしても、心配くらいさせてくれたっていいですよねえ」
見えない握手でも交わしたように。
これまで面識のなかったはずの二人から、全く同じ視線をもらう。やめてほしい。
「どうしたのよ急に。そんなに責められるようなこと?」




