見慣れない男
「なあ、俺のパーティに入らないか」
そんなセリフは聞き飽きた。
冒険者が集まる食堂は常に賑わっていて、顔見知りも多い。一人では難しい依頼はパーティを組んで挑むこともあるから、同じ街に留まれば知り合いは増える。
何か面白い話題はないかと立ち寄った店で、声を掛けられることも珍しくなかった。その中にはパーティ所属への勧誘もあって。そして今、声を掛けてきた男は、これが初めてではない。
「時々、組むのは構わないわ。だけど、何度も言ってるけど、私はどこにも所属したくないの」
「俺は強いよ。守ってやれる。だから俺のパーティに入れって」
「……フレッド。別に守ってもらうほど弱くもないし、守られたくないの、私は」
彼の、冒険者としてのランクは良い。能力も高く、実力もある。人当たりは良い方で、人好きする人間だ。メンバーには愛されているようでバランスの取れた良いパーティだと思う。鍛え上げられた引き締まった身体と精悍な顔立ち、礼儀も知るフレッドは大勢の冒険者の中でも目立つ存在だった。
「ぎゃはは! 振られてやんの! 何度目だよ」
「うっせーよ!」
短い黒髪を掻き上げながら、野次を飛ばす仲間たちに舌打ちする姿も、フレッドを好む女の子からすれば溜息ものなのだろうが。
「俺は諦めないからな。考えといてくれ。いつまでも……野良でやるにはキツイだろうが」
「あなたに心配されなくても、自分のことは自分が一番わかってる。今後のことも自分で決めるわ」
「だから、その選択肢には俺もあるってこと、ちゃんと覚えとけ。な?」
私を心配してくれる言葉に嘘はない。
それをあっさりと断る私は、たくさんの女の子たちから暴言を吐かれたりする。まあいいけど。
私はどうやら“守ってあげたくなる“容姿をしているらしく、「守ってやる」「守らなくちゃ」と言ってくれる男は多かった。
小柄だからだろうか、ふわふわの金髪がそう思わせるのか、それとも大きな緑眼が庇護欲を掻き立てるのか。数少ない女友達からは「全部」という身も蓋もない答えをもらったことがある。
けれど冒険者。常に戦いに身を置く者。
脅威が目の前に現れた時──守ってもらうことは、死に直結する。そしてその多くは、守ろうとした方に、訪れるのだ。
「ありがとう。だけど私はやっぱり、守られたくないの。誰かを守りたいなら他を当たって」
「いやそれだと意味ないだろ! 俺はお前だから、守りたいのであって、」
そんなフレッドの焦ったような言葉を聞いた直後だった。
透き通るような声が耳に届いた。落ち着いた、心に響く声だった。
「──じゃあさ、おれを守ってくれない?」
それは言われ慣れない、しかしずっと望んでいた言葉のように、すとんと胸に落ちた。
驚いて声のした方を向くと見慣れない男だった。
色素の薄い茶髪を後ろで結び、金の瞳を細めて笑っていた。
カウンター席に一人、座っている。彼の手元にある透明なグラスがカランと音を立てた。
「だれ?」
「おれを全力で守ってよ。綺麗なお姉さん」
そうは言うけれど、同じ年頃に見える。むしろ彼の方が年上なのではないだろうか。
訝しげに見つめると、男のそばに置いてある使い込んだ剣が目に入った。
「……同業者?」
「わかる? そ、同業者」
「恥ずかしくないの? 冒険者が、守ってくれ、なんて」
「いいでしょ。おれだって守ってほしいもん。しかもこんな綺麗なお姉さんに守ってもらえるなんて、役得だし。お金なら払うよ?」
私を見るようで、どこか遠くを見るように笑う彼の声は、不思議と耳馴染みが良かった。
だからふと警戒を解いてしまう。
「……あなたの方が年上でしょう? 私は、ティア。お姉さんじゃないわ」
「ティア。素敵な名前。ティアって呼んでいい?」
促されるままにこくんと頷くと、フレッドが私を背に隠すように割って入ってきた。
「おい、お前、何なんだよ! 素性も知れない男にティアが靡くわけないだろ」
「フレッド」
「ティアもティアだ。お前は目立つことを自覚した方がいい。怪しい奴に名前なんか教えんな」
守ろうとしてくれるフレッドにむっとした。
守ろうとしなくていい。守らなくていいのだ、私なんて。
苛立ちから早口に告げる。我ながらなんて可愛げがないのだろうと思いながら。
「フレッドに指図される謂れはないわ。自分の身は自分で守れるもの。私だってあなたと同じ、ランクは黒。もうすぐ銀にも届きそうなの。あなたと同じで。あなたにできることは私にもできるのよ」
冒険者にはランクが存在する。高い順に、金、銀、黒、白、赤、緑、青だ。
冒険者向けにたくさんの依頼があるが、依頼の難易度によって受けられるランクが限られた。もちろん高難度の依頼は危険も伴うが、報酬は大きい。
私はフレッドから目を逸らして、初めて会った男に尋ねた。
「……あなたのランクは?」
「ふふ、ティア。名前よりランク? ランクは緑だよ」
そう言って首紐を持ち上げて見せてくれた。服の中から出てきた石は、緑色。その石はランクが変われば色を変え、冒険者の身分証にもなる。冒険者の登録をするともらえる石だ。不思議な男だが、冒険者であることは間違いなかった。
「そう、つまり護衛の仕事ってことでしょ。一人じゃ難しい依頼を受けたいのね。いいわ、しばらく組みましょう。期限はあなたが赤にランクアップするまで、でどうかしら」
「いいよ。お礼はする。その間、おれを守ってくれるんでしょ?」
「ええ、そうよ」
そう手を差し出せば、男は「決まりだ」と同じく手を出した。成立の握手を交わす。
私にしては少し早まった行動だったかもしれない。
しかしもう契約は、握手と共に交わされた。信頼ありきの冒険者、一度交わした約束は破れなかった。
「じゃあ、最後に教えて。名前は?」
「──アランだよ、ティア。よろしくね」
背後にフレッドの舌打ちと、店のざわめきを感じながら。
ずっと単発でしか組んで来なかった私に、期間限定ではあるものの、人生で二度目の相棒ができたのだ。