お前の髪はわたしが守る
一瞬だけ、浮遊感を感じた。
黒を基準にした屋敷。カーテンから何まで黒で揃えてあるので、悪趣味だと思うでしょう。
だけどね、所々にスライム型の彫刻、スライムの絵が扉に描かれていたりと、悪趣味ながらもちょっと可愛さを入れようとして失敗したかのような少し残念な屋敷なのだ。
そんな屋敷のサロンで私はゆっくりと目を開ける。
「……うむ。成功のようだな」
目の前で腕組みをして鋭い瞳で私を見下げている彼は、クリム・ネーベル。通常スライム魔王。
誤解されないように付け足すと、クリムはスライムではなく、エルフ族の一人。
ただ、とってもスライムが大好きなんだ。
氷のように冷酷だと人間には恐れられているクリムなんだけど。
実際に人間を襲ったこともなければ、人間が住む街に奇襲したこともない。それを行って来たのは先代の魔王。クリムの父親だ。
クリムにたいしての印象は、魔王という肩書きだけで、今代だって先代と同じ考えを持ち、襲撃をしてくるんだと人間には思われている。
それは私も同じだった。幼い頃から聞かされてた魔王は悪く言われていたからね。そういうものなのだと思い込まされていた。
……でも、実際に会って話してみると考え方が変わった。
白く長い髪と、赤い瞳。それに尖った耳。
男性ながらも綺麗な容貌を持つ。
赤いローブは金と銀の刺繍をされている。
黒の服に黒と赤のブーツ。
一見、魔王の威厳があるだろう。
でもね、
「……大丈夫か?⠀どこか怪我は?」
心配そうに顔を覗き込むクリムにドギマギしてしまう。
顔が近い!!?
クリムに私の動揺を気付かれないように冷静さを保った。
「大丈夫です」
結構ギリギリで瞬間魔法を発動されたから死ぬかもしれないという緊張感が異常じゃなかったけど。
まだかと冷や冷やしたわ。
巨大なドラゴンを見上げながらも顔は冷静なフリをしてても足がどうしてもガタガタ震えていたもの。
今だって気を許すと立ってられなくて崩れるように座ってしまうと思う。
いや、多分今は別の意味で立っていられなくなりそう。
「だといい……!?」
クリムは何かに気付いたかのように目を細め、私の髪の毛に触れた。
サラッと水色の髪をクリムの綺麗で長い指先が優しく攫う。
顔が近いのもあって私の心臓は爆発寸前だ。
サロンの外で部下を何人か配置しているとはいえ異性と二人っきり。
動揺しないわけがない。だけどこの男は安全だと自信を持って言える。
何故なら、
「な……、なんてことだぁぁぁぁ!!?」
クリムは綺麗な顔立ちから一変した。
頭を抱えながら、この世の終わりかの如く絶望しきっていたのだ。
そんなことで!? って、思うでしょう。
クリ厶にとっては私の髪の毛は特別なものらしい。私には理解出来ないけど、クリムにしか分からない想いがあるんだろう。
「大事な髪の毛に……スライムのような美しい髪だというのに、ドラゴンのヨダレがついている!!⠀こうしてはいられない!」
発狂したクリムは私を横抱きにした。
「え、ク、クリム様!!?」
「案ずることはない。お前の髪の毛はわたしが守る」
キリッと真剣な顔立ちで言ってるんだけど……。
「大袈裟です!!⠀って、きゃあっ!!」
勢いよくサロンを飛び出したクリムは何事かと問いかける部下に見向きもしないで一直線に浴室まで向かう。
それも私を横抱きしたままで。
ドキドキする暇なんか与えないぐらいの勢いで走るものだから呆れるしかない。……まぁ、余裕が無いクリムを見られるのは滅多に無いから得した気分になる私はちゃっかりしてるのかもしれない。
浴室についたら下ろしてくれるんだろうなって、思ってた私は考えが甘かった。
なんと、クリムは私を横抱きしながら浴室に入り、お湯を張った桶に私を下ろしたのだ。
しかもボロボロとはいえワンピースを着たままだったので、布が水分を吸って肌に張り付いていて気持ちが悪い。
なによりも、この状況を予想していたかのように湯船が張ってあったのかは……疑問だが。
「傷んだら大変だ」
クリムはマントと上着を脱ぎ始める。
「な、何してるんですか!?」
「何って……。服が濡れるだろ。……おのれ、わたしのモノ(髪)になんという侮辱行為を」
悔しそうにしかめっ面をしているクリムだけど.....言わせてほしい。
「私はいいのでしょうか。そもそも私の髪はあなたのものではありませんが」
「??⠀何を言っている。結婚前に好きでもない男に裸を見られてもいいのか。安心しろ、お前の髪は出会ったその時からわたしのものだ」
確かに結婚前に異性に裸を見せるわけにはいかないけども。
違う違う!! 納得しちゃダメだ。クリムのペースにのまれたらいけない。
そもそも私の髪は私のであって誰のものでもないし……なんだろう。クリムと話していると自分が女性としての自信が無くなるのよね。
って、そうでもなくて……、
「自分で髪を洗えますので、大丈夫ですよ」
「いいや、任せなさい。わたしが隅々まで汚された場所(ドラゴンのヨダレがついた髪)を消毒してやる」
「誤解を招く言い方しないでください」
愛おしそうに私の髪に触るクリムに溺愛されてるのかと思うでしょ?
でもね、クリムが溺愛してるのは私の髪の毛。水色で透明感がある髪はスライムの色と同じなんだとか。
クリムは私の髪が好きすぎるただの変態ということだ。
とても残念な美男子だと私は思っている。
まぁ、でも。それを利用したんだけどね。
協力してくれる代わりに好きなだけ私の髪を愛でて良いと。
とはいえ、クリムが協力してくれるのはそれだけでは無いんだけど。
元々聖女が召喚されるタイミング、王様が毒を盛られたり、私が死刑になることは既に知っていた。
それもそのはず。私はオリビア・ペレスとして一度死んでいるんだから。
皮肉なことにどんな経緯で死ぬのかもわかっている。