第9話「忍法・虎落笛」
暴力───言葉ではなく、拳の暴力というものは、感情の言語化……それの放棄だと、鵺咫路の母である黄泉路は、息子にそう教えた。同時に、息子に暴力も。
暴力を、怠惰なものだと諭しながら、それを、まるで、肯定する様に教えたのは、それが血を分けた息子には、必要なものであると、判断したからなのかも知れない。どんなに言語化したところで、言葉を重ねても、想いを込めても、相手には届かない時がある。
相手が、こちらの言葉を必要としていなければ。
時に、言葉よりも、拳が饒舌で雄弁である事だって、あるのだから。
或いは、主張を理解したところで、それは、相手がこちらの言語を理解しただけであり、それで、こちらの主張を受け入れてくれるかどうかは、また、別問題なのだ。
事、ここに至っては。
立場。というものがある。
メンツ。というものが。
言い換えれば。それは、プライド。
自身を守る為の殻。精神的外骨格として、プライドを持ち出す場合もある。
或いは。努力して身に付けた知識や技術。
それを、プライドとする場合も。
前者は、苦労もなく手に入れられるだろう。
後者は、簡単には手に入らない。
さて。
────では。
風間 虎太郎の場合は、どうなのか。
どんなものなのか。
どういったものなのか。
風間 虎太郎。
少年少女のコミュニティ。
グループ。
チーム。
ギャング。
【アイビス】のリーダー。
身長159cm、体重は47㎏。
…………と、小柄なものだ。しかし、彼は、【アイビス】のチーム内で、嘗められていない。
それどころか、他の5大列強からも。チームメンバーが軽んじていないのは、虎太郎の人柄。
そして、シンプルに強い。【アイビス】の誰よりも。
慕われているから、リーダー。
強いから、リーダー。
そして、この街の不良達は、彼が強い事を知っている。
ここで、プライドの話に戻るのだが。立場故に、持ち得るプライドがある。
その立場にあるからこそ、プライドを持つのだと。虎太郎の場合、その立場を守るには、強く在らねばならなかった。
そして、時に、強く在る事は、過酷でもある。【アイビス】の中で、誰よりも強く在り、故に、誰よりも過酷。
チームの仲間が傷付けられたなら、誰よりも率先して、傷付けた者を叩く。もう二度と、仲間を傷付けぬよう。
彼の戦う理由は、そんなもの。
幼馴染みであり、大親友の申鳶 佐助は、一緒に【アイビス】に加入し、いつもサポートしてくれた、虎太郎の相棒だ。
【アイビス】の副リーダーを担っている。
「気を付けろよ大将。そいつは、いきなり俺達に喧嘩ふっかけたクソヤロウだが、たぶん…………かなり強いぞ」
その、佐助が冷や汗をかいていた。
虎太郎の強さは疑っていない。5大列強の一角として、申し分ない強さだ。
だが、虎太郎の強さをよく知る佐助が、鵺咫路の姿を見た時に、ぞくりと悪寒が背筋を撫で回す。これだけの人数で囲っていて、さらにはこちらには【アイビス】の最高最強戦力がついているというのに。
肌で、鵺咫路を怖いと感じた。見ただけで。
「佐助がそう云うなら、強いんだろうな」
虎太郎は、佐助の本能を信じている。佐助が危険だと認識したのなら、それは、避けるべき。
そうやって、今まで危険を避けてきた事は、幾らでもあった。
しかし。
今回は、そうもいかない。何せ、虎太郎は、鵺咫路を叩きのめしてしまわなければ、ならないのだから。
佐助からの報告によると、鵺咫路は、どういうわけか、【アイビス】のメンバーを襲った敵。報告では、至る場所で襲撃に遭ったとの事なので、複数人いるのかも知れず、そうなると、目の前の鵺咫路は、その内の1人でしかない。
目撃証言通りのニット帽。
…………………………怪しい。
何より、虎太郎達からの視点では、鵺咫路が羅生門高校の制服を着ている事で、より、敵対感情を煽ってしまう。
これは、鵺咫路が悪いわけではないのだが。だが、羅生門高校は、不良高校。
ヤンキーの総本山。鵺咫路が転校してくる前の話ではあるのだが、羅生門高校の生徒が学生地区で、よく暴れていたものである。
飲食店は溜まり場にされ、無線飲食、レジの金を盗む。飲食店以外でも、これと似た様な被害に遭っていた。
……犯罪じゃねえか。
と、普通に突っ込まれる事をやっていたのだ。あまりにも治安が悪くなり、そうした頃に、結成されたのが【アイビス】。
悪くなった治安を回復させる為に、学生地区で暴れ回る羅生門高校の不良達と、徹底的にぶつかった。店によっては、迷惑だっただろう。
事細かな描写は、ここでは省くが、その際に、羅生門高校の不良達を追い出す────不良達にとって、脅威となる存在となったのが、風間 虎太郎であった。
戦う理由。
仲間を守り、敵を寄せ付けない。強さは、仲間達を安心させる為であり、敵の牙をへし折る為。
しかし、戦うという事は、誰よりも傷付くという事だ。だったら、それは、自分でいい。
誰よりも矢面に立つ役割があるのなら、それは、自分以外にさせたくはない。
だから、その為に強く在り。
だから、その為に戦う。
「言い訳と謝罪の言葉は、まずはお前をぶちのめした後で聞いてやるよ」
そして、虎が吼えた。
●
「ッ」
咄嗟に出した左ジャブ。
突風が突き抜け、鵺咫路の拳が跳ね上がる。
「っは」
鵺咫路の口の端が吊り上がった。
「おお? お前、なんだその拳。
何製だよ」
いつの間にか、鵺咫路の背後に立つ虎太郎が、目を見開く。手に持つパイプレンチから伝わる手応え。
とても、生身の拳と衝突したとは思えない。まるで、鉄骨でもぶん殴ったみたいな衝撃だった。
「単発で力負けしたのは、いつぶりかな」
鵺咫路は、口の両端を吊り上げる。
「いや、強い。強いな、あんた」
「こっちの台詞だよ。やるじゃん。
俺の虎落笛を防いだ奴は、ギガマキ以外だと、お前が初めてだ」
鵺咫路は確信した。
虎太郎は、スピードタイプ。それも、スピード超特化型だ。
鵺咫路が反応できたのは、まぐれ。ツイてただけ。
見えなかった────虎太郎の動きが。
速い。
「鵺」
斎藤からの呼び声に、鵺咫路は顔の動きだけで応じる。
「何かアドバイスはいるかい?」
「いらねえ」
そっけなく。
そして、ぶっきらぼうに。
鵺咫路は返事をする。
鵺咫路は、虎太郎との戦いにおいて、外部からの介入を嫌った。1対1という形式で、自らの前に立つ強者。
鵺咫路は、笑う。今のは、ヤバかった……と。
久しぶりに、そう思える一撃だった。どう攻略していくか。
心踊るというもの。故に、ヒントだのアドバイスといったものは、全て余計なお世話。
鵺咫路は、目の前の虎太郎に、集中したい。邪魔されたくはなかった。
「即答とはね。頼もしい」
「────………………」
苦笑いしている様子の斎藤ではあるが、フードに隠された本当の顔は窺い知れない。そんな、彼女に向けられる視線。
それは、【アイビス】の副リーダー佐助からのもの。彼は、先程の斎藤の言葉から、一つの疑惑が浮かぶ。
それは、鵺咫路と虎太郎との戦いよりも優先される。
「……あの女……まさか、見えていたのか?」
虎太郎の得意技である虎落笛。
そして、一回見ただけで、攻略法を考え付いたというのか。あの一瞬で。
だとしたら。
「…………あの女、どんな眼してやがる」
虎落笛の動きを視認するなど、【アイビス】の誰にも出来ない。
佐助にも。鵺咫路でも見えなかった一撃。
それを見切ったであろう斎藤。佐助達としては、ニット帽の仲間だろうかとしか思っていなかったが。
「!」
疑惑の視線を送っている事に気付いたのか、斎藤が、まっすぐに佐助を見ていた。そして、人差し指を唇に当てる。
「おっかねえなこりゃ」
こちらはこちらで、余計な一言が云えない状況らしい。




