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【戦線都市ワダツミ・カプリッチオ】  作者: 幾多野 数多
【序ノ章】
9/22

第9話「忍法・虎落笛」

 


 暴力───言葉ではなく、拳の暴力というものは、感情の言語化……それの放棄だと、鵺咫路の母である黄泉路は、息子にそう教えた。同時に、息子に暴力も。

 暴力を、怠惰なものだと諭しながら、それを、まるで、肯定する様に教えたのは、それが血を分けた息子には、必要なものであると、判断したからなのかも知れない。どんなに言語化したところで、言葉を重ねても、想いを込めても、相手には届かない時がある。

 相手が、こちらの言葉を必要としていなければ。

 時に、言葉よりも、拳が饒舌で雄弁である事だって、あるのだから。

 或いは、主張を理解したところで、それは、相手がこちらの言語を理解しただけであり、それで、こちらの主張を受け入れてくれるかどうかは、また、別問題なのだ。


 事、ここに至っては。


 立場。というものがある。

 メンツ。というものが。

 言い換えれば。それは、プライド。


 自身を守る為の殻。精神的外骨格として、プライドを持ち出す場合もある。


 或いは。努力して身に付けた知識や技術。

 それを、プライドとする場合も。


 前者は、苦労もなく手に入れられるだろう。

 後者は、簡単には手に入らない。


 さて。

 ────では。


 風間 虎太郎の場合は、どうなのか。

 どんなものなのか。

 どういったものなのか。


 風間 虎太郎。


 少年少女のコミュニティ。

 グループ。

 チーム。

 ギャング。


 【アイビス】のリーダー。


 身長159cm、体重は47㎏。

 …………と、小柄なものだ。しかし、彼は、【アイビス】のチーム内で、嘗められていない。

 それどころか、他の5大列強からも。チームメンバーが軽んじていないのは、虎太郎の人柄。

 そして、シンプルに強い。【アイビス】の誰よりも。

 慕われているから、リーダー。

 強いから、リーダー。

 そして、この街の不良達は、彼が強い事を知っている。

 ここで、プライドの話に戻るのだが。立場故に、持ち得るプライドがある。

 その立場にあるからこそ、プライドを持つのだと。虎太郎の場合、その立場を守るには、強く在らねばならなかった。

 そして、時に、強く在る事は、過酷でもある。【アイビス】の中で、誰よりも強く在り、故に、誰よりも過酷。

 チームの仲間が傷付けられたなら、誰よりも率先して、傷付けた者を叩く。もう二度と、仲間を傷付けぬよう。

 彼の戦う理由は、そんなもの。


 幼馴染みであり、大親友の申鳶(さるとび) 佐助(サスケ)は、一緒に【アイビス】に加入し、いつもサポートしてくれた、虎太郎の相棒だ。

 【アイビス】の副リーダーを担っている。



「気を付けろよ大将。そいつは、いきなり俺達に喧嘩ふっかけたクソヤロウだが、たぶん…………かなり強いぞ」



 その、佐助が冷や汗をかいていた。


 虎太郎の強さは疑っていない。5大列強の一角として、申し分ない強さだ。

 だが、虎太郎の強さをよく知る佐助が、鵺咫路の姿を見た時に、ぞくりと悪寒が背筋を撫で回す。これだけの人数で囲っていて、さらにはこちらには【アイビス】の最高最強戦力がついているというのに。

 肌で、鵺咫路を怖いと感じた。見ただけで。



「佐助がそう云うなら、強いんだろうな」



 虎太郎は、佐助の本能を信じている。佐助が危険だと認識したのなら、それは、避けるべき。

 そうやって、今まで危険を避けてきた事は、幾らでもあった。


 しかし。


 今回は、そうもいかない。何せ、虎太郎は、鵺咫路を叩きのめしてしまわなければ、ならないのだから。

 佐助からの報告によると、鵺咫路は、どういうわけか、【アイビス】のメンバーを襲った敵。報告では、至る場所で襲撃に遭ったとの事なので、複数人いるのかも知れず、そうなると、目の前の鵺咫路は、その内の1人でしかない。

 目撃証言通りのニット帽。


 …………………………怪しい。


 何より、虎太郎達からの視点では、鵺咫路が羅生門高校の制服を着ている事で、より、敵対感情を煽ってしまう。

 これは、鵺咫路が悪いわけではないのだが。だが、羅生門高校は、不良高校。

 ヤンキーの総本山。鵺咫路が転校してくる前の話ではあるのだが、羅生門高校の生徒が学生地区で、よく暴れていたものである。

 飲食店は溜まり場にされ、無線飲食、レジの金を盗む。飲食店以外でも、これと似た様な被害に遭っていた。

 ……犯罪じゃねえか。

 と、普通に突っ込まれる事をやっていたのだ。あまりにも治安が悪くなり、そうした頃に、結成されたのが【アイビス】。


 悪くなった治安を回復させる為に、学生地区で暴れ回る羅生門高校の不良達と、徹底的にぶつかった。店によっては、迷惑だっただろう。

 事細かな描写は、ここでは省くが、その際に、羅生門高校の不良達を追い出す────不良達にとって、脅威となる存在となったのが、風間 虎太郎であった。


 戦う理由。


 仲間を守り、敵を寄せ付けない。強さは、仲間達を安心させる為であり、敵の牙をへし折る為。


 しかし、戦うという事は、誰よりも傷付くという事だ。だったら、それは、自分でいい。

 誰よりも矢面に立つ役割があるのなら、それは、自分以外にさせたくはない。

 だから、その為に強く在り。

 だから、その為に戦う。



「言い訳と謝罪の言葉は、まずはお前をぶちのめした後で聞いてやるよ」



 そして、虎が吼えた。





             ●





「ッ」



 咄嗟に出した左ジャブ。


 突風が突き抜け、鵺咫路の拳が跳ね上がる。



「っは」



 鵺咫路の口の端が吊り上がった。



「おお? お前、なんだその拳。

 何製だよ」



 いつの間にか、鵺咫路の背後に立つ虎太郎が、目を見開く。手に持つパイプレンチから伝わる手応え。

 とても、生身の拳と衝突したとは思えない。まるで、鉄骨でもぶん殴ったみたいな衝撃だった。



「単発で力負けしたのは、いつぶりかな」



 鵺咫路は、口の両端を吊り上げる。



「いや、強い。強いな、あんた」


「こっちの台詞だよ。やるじゃん。

 俺の虎落笛(もがりぶえ)を防いだ奴は、ギガマキ以外だと、お前が初めてだ」



 鵺咫路は確信した。

 虎太郎は、スピードタイプ。それも、スピード超特化型だ。

 鵺咫路が反応できたのは、まぐれ。ツイてただけ。

 見えなかった────虎太郎の動きが。


 速い。



「鵺」



 斎藤からの呼び声に、鵺咫路は顔の動きだけで応じる。



「何かアドバイスはいるかい?」


「いらねえ」



 そっけなく。

 そして、ぶっきらぼうに。


 鵺咫路は返事をする。


 鵺咫路は、虎太郎との戦いにおいて、外部からの介入を嫌った。1対1という形式で、自らの前に立つ強者。

 鵺咫路は、笑う。今のは、ヤバかった……と。

 久しぶりに、そう思える一撃だった。どう攻略していくか。

 心踊るというもの。故に、ヒントだのアドバイスといったものは、全て余計なお世話。

 鵺咫路は、目の前の虎太郎に、集中したい。邪魔されたくはなかった。



「即答とはね。頼もしい」


「────………………」



 苦笑いしている様子の斎藤ではあるが、フードに隠された本当の顔は窺い知れない。そんな、彼女に向けられる視線。

 それは、【アイビス】の副リーダー佐助からのもの。彼は、先程の斎藤の言葉から、一つの疑惑が浮かぶ。

 それは、鵺咫路と虎太郎との戦いよりも優先される。



「……あの女……まさか、見えていたのか?」



 虎太郎の得意技である虎落笛。


 そして、一回見ただけで、攻略法を考え付いたというのか。あの一瞬で。

 だとしたら。



「…………あの女、どんな眼してやがる」



 虎落笛の動きを視認するなど、【アイビス】の誰にも出来ない。

 佐助にも。鵺咫路でも見えなかった一撃。

 それを見切ったであろう斎藤。佐助達としては、ニット帽の仲間だろうかとしか思っていなかったが。



「!」



 疑惑の視線を送っている事に気付いたのか、斎藤が、まっすぐに佐助を見ていた。そして、人差し指を唇に当てる。



「おっかねえなこりゃ」



 こちらはこちらで、余計な一言が云えない状況らしい。


 

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