第7話「べらべらくっちゃべって思惑はちゃめちゃ茶々いれてしっちゃかめっちゃかめちゃくちゃにしわくちゃ」
アイビス。
それは、渡り鳥を意味している。
海上の学園都市ワダツミで、少年少女が作り上げたチームは数あれど。5大列強とまで呼ばれているチームの1つだ。
学生地区を拠点にして、他のチームが悪さをしていないか、日々パトロールをしている。5大列強の中では、地域密着型というかなんというか。
好感度が非常に高い。
そんな彼等の拠点は、学生地区の地下ビリヤード場。地上はダーツバーの為、未成年の彼等が堂々とたむろするのは躊躇われるが故に。
ちなみに、2階は従業員スペースなので不可侵。経営者は、アイビスのOB。
「大将」
ビリヤード台で大の字で寝ている少年が呼ばれる。
「なんだよー、寝かせろよー」
アイビスのリーダーは、応答はするが、起きたがらない。
顔に開いた漫画雑誌を乗せたままだ。
「いや、やべえんだって。緊急事態」
「えー、ほんとー? ほんとにー?」
「はー、やれやれ、どっこいしょ」と。
アイビスのリーダーが、上体を起こして、胡座をかいたまま、伸びをする。頭に水色のバンダナに首に提げたゴーグル。
面白味ないデザインのパーカーを着たこの少年こそが、アイビスのリーダー。
風間 虎太郎。
右手にパイプレンチ。
左手にモンキーレンチ。
この二刀流喧嘩殺法によって、彼はアイビスのトップに立つ。アイビス最強にして最高戦力。
「で? どったのよいったい」
「うちのメンバーが、次々にやられてるんだ」
「へぇ……うちのシマで?」
「そうだ」
「ふうん」と。虎太郎はビリヤード台から降りる。
「うちのチームに、うちのシマで喧嘩売るたあ」
ぶん、と。振り上げたパイプレンチが、ビリヤード台に振り下ろされ。
そして、台に接触する寸前で止められた。
「……と、危ない。八つ当たりはよくないな。
『おーなー』から、ここを追い出されちゃう」
虎太郎は、意識を切り替える。
「ほんで、どこの誰よ? ああ、その前に、怪我人に病院の手配」
「それは今、やってる最中だ」
「おお、優秀。…………やってる最中って事は、今もまだ、襲われてんの?」
「ああ、そうだ。犯人はニット帽を被って学生地区の至る場所で、チームメンバーを襲っている」
「ニット帽? ……5大列強チームのシンボルは?」
「確認出来ちゃいない」
「んー」と。虎太郎はガリガリとバンダナ越しに、モンキーレンチで頭を掻く。
「なんだ、もしかして、ワダツミ四天王の差し金か?」
5大列強以外の勢力の可能性が出てきたが、それにしても、意味が分からない。
「俺達、べつに仲良しとは云わなくても、それなりによろしくやってきたよな?」
四天王と呼ばれる勢力とは、常に一定の距離を置いてきた。
ある日、いきなり殴られる様な事は、今までやらなかった筈である。何故、それが、自分達を攻撃してきているのか。
「大将、悪い癖が出てる」
「んおー?」
呆けた声で、話し相手に視線を寄越す。
「先代からも云われてただろ? 考える材料が少ないうちから、『もしも』の可能性について、考え込み過ぎなんだって大将は」
その指摘に少し照れ臭そうに、虎太郎は顔をそらす。
「そうだったな。そのせいで、いつも初動が遅えって怒られてたっけ」
虎太郎は、やることをまずは定める。
「俺が直接、そいつをぶちのめす」
●
「渡り鳥が動き出したか」
とある雑居ビルのゲームセンターにて、吊り目は、アイビスの動向を探らせていた手駒から、今しがた、虎太郎がアジトから出てきたとの報告を受ける。
「やりあうつもりかよ。御大将自ら」
虎太郎は、直接、鵺咫路を知らない。その桁外れな攻撃力と防御力を。
ぶつかれば、どちらに軍配があがるのか。
「結構、面白いカードになるかもな」
吊り目は、少し考えた。
あの規格外の戦闘能力の持ち主の鵺咫路ではあるが、この海上の学園都市ワダツミには、規格外の戦闘能力の持ち主なんて他に幾らでもいる。彼だけが、化物ではないのだ。
もちろん、5大列強の一角、虎太郎も。
「吊り目さん」
そこへ、巨漢が現れる。
「云われてた通り、ニット帽かぶらせたメンバーはもう『全員』引き上げさせたっす」
「うい、ご苦労」
鵺咫路の登場によって、少し狂わされた計画ではあるが、修正後は問題なく進んでいる。
「いいぜ、あのニット帽とアイビスがぶつかれば、漁夫の利いけちまうぜ。ついでに、あの女も拐って『おつかい』も片付く」
吊り目が嗤う。
「あの、それで、その、ニット帽についてなんですが」
「お。何か分かった?」
鵺咫路について調べさせていた手駒からの報告に、吊り目は、興味を向けた。
「最近、というか……数日前から、学生地区で見掛ける様になったらしいんだ」
「……へえ、そりゃあ、俺の記憶に引っ掛からねえわけだな」
「ああ、それで、どうやら、この地区にある探偵社に出入りしてるって話だぜ」
「あの女、探偵に泣き付きやがったのか」
吊り目が不快そうに口を歪める。
「余計な事をしてくれたもんだ。マジで余計な事、喋ってなきゃいいんだけどな」
吊り目が不機嫌なのを分かった上で、恐る恐るといった様子で、巨漢は吊り目に訊ねた。
「吊り目さん、あの女はなんなんだ? 俺達は、吊り目さんの命令で、あの女を半日追い掛け回していたが」
じろり、と。
向けられた吊り目の目が、巨漢を怯ませた。
「お前もお前で余計な事を……と、云いてえが」
吊り目は溜め息をこぼす。
「事情が分からねえままだと、馬鹿でもストレスだろうからな。少し、話してやるよ」
吊り目は、安堵した様子の巨漢に冷ややかな視線を向けていた。
「命令をしてきたのは、『俺達』の『上』からだ」
その言葉の意味は、吊り目の1つ上の上司という意味ではなく、1つ上の『組織』である。
自分達の、さらに上の存在から、斎藤を拐ってこいと命令を下されたのだ。
「────って事は」
巨漢は、口を紡ぐのではなく、つぐむ。
好奇心は魂が9つもある猫をも殺し、そして、まさしく、口は災いのもとなのだから。
「お陰で、ボスのご機嫌悪いのなんの」
「くっくっ」と。
吊り目が愉快そうに嗤う。
「まあ、なんにせよ、知り過ぎねえこったな」
巨漢は愚かではあるが、それでも賢い方なのだと吊り目は思う。
「────怖い大人達から、消されたくなきゃな?」
●
「なんで君はそう、事態をわけの分からない方向へと動かすんだ」
スマホの着信に出てみると、鵺咫路からのSOS。騙部は、呆れてしまう。
喫茶店の客層は、サラリーマンやOLの傾向が、高くなり始めていた。昼から夜への移り変わり。
鵺咫路からの電話は、そんなタイミングであった。
「この島の勢力図については、ちゃんと教えただろう? なんで、揉めてはいけないよと注意しておいた組織とトラブルになってる」
まさか、送り出して1時間でこんなトラブルに巻き込まれているとは。
「それで? どうしたらいいのか、解決策を訊きたいのかい?」
子供が大人を頼るというのなら、大人として、対処出来得る限りの助言はしてやるべきなのだろう。
雇用主として、アルバイトを助けてやるという意味でも。
「うん? ……アイビスの拠点の場所を知りたい?」
しかし。
「は? アイビスのリーダーと話をつける?」
騙部は、膝から力が抜け落ちそうだった。
「待て待てガキ、おい、クソガキ」
何を勝手な。
「いいか? 君の仕事は、そこに一緒にいる────いるよな?
ああ、よかった。これ以上、意味が分からないアクシデントで、よもや斎藤氏と離れ離れなんて事になっていたら、私は君を殺していたかも知れない。
とにかく、だ。君の仕事は、依頼人であるお嬢さんを守り通す事だよ。
違うかね?」
与えた筈の仕事から、どうしてその様な事を云い出しているのか。騙部はストレスで少し吐きそうになる。
「……はあ? 依頼の達成には、これが最適解?
……おい……まさかお前……」
騙部のこめかみを青筋が彩った。
「誰かに唆されちゃいないか?」
鵺咫路にしては、合理的な考え方。
そこに浮かび上がる違和感。
騙部は、その違和感がすぐに嫌な予感に塗り変わっていくのを感じた。
「いや、待て。それはいい。
あまり、よくはないが、とにかく、今はいい。君は、騙部探偵社の人間である事を忘れるな。
私の許可なく、他の組織と意図的な接触をするな」
特に、武力衝突はまずい。アイビスは、この街のバランサーである中立組織であり、治安維持組織。
万が一、鵺咫路によって、それが壊滅したとあっては、最悪の事態でしかない。この学生地区を起点に、他の5大列強やら四天王の勢力争いを巡る潰し合いが、始まりかねない。
そうなってしまっては、この島でのんびり片手間探偵をやってる場合ではなくなってしまう。なんとしても、それだけは避けなくては。
「今、どこにいる?
そこで待っていなさい。いいね?
絶対、自分からアイビスのアジトに乗り込もうなんて考えるなよ? 破れば……ぶち殺すぞクソガキ」
わりとマジな声色だった。
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「────……わりとマジな声色だった」
通話を終えた鵺咫路が、斎藤に顔を向ける。
「ふうん。どうやらあの男……君の雇い主は、勢力バランスの崩れや、君が多くの注目を浴びてしまう事態を、あまり好ましく思っていない様だね」
他人事といった様子で、斎藤が云う。
「なんで、俺が注目される云々なんて話が出てくるんだよ」
「そんな話じゃなかったろ」と。
鵺咫路は、飲みかけのキャラメル・カプチーノを「ずぞぞ」と飲む。最初に吊り目達に襲われたアーケード街の中にある喫茶店の2階で、鵺咫路と斎藤の2人はインターバル。
こじゃれた感じのフラペチーノの注文を経て、2人は……主に鵺咫路が、身体の疲れを癒していた。
「……はぁ」
いっそ、他の地区に逃げ込んでみようかと斎藤に提案をしてみたが、それは、勢力同士がぶつかる火種になりかねないと、彼女に却下されていた。
実際、アイビスの連中は、鵺咫路への追跡をやめないだろう。他の地区、他の勢力の縄張りに逃げたところで、きっとアイビスは追ってくる。
そうなれば、アイビスは他の勢力と事を構えるに違いない。悪いのは、鵺咫路だとしても。
「なんにせよ、だ」
鵺咫路は窓の下の人通りを観察しながら云う。
「あと10分ちょいくらいで、うちの所長がこっちに来るだろうから、それからだな。行動に移すのは」
「そうは云うが」と。
斎藤が口元に笑みを浮かべて、通りの一方を指差す。
「……マジかよ」
鵺咫路は、彼女が指差した方向を見て、絶望した。
「先にあっちから来ちゃったじゃん」
渡り鳥のシンボルを衣服に飾る集団がやって来る。その顔は、一様に鵺咫路達を見上げていた。
完全に、こちらの居場所がバレている。まあ、それもその筈。
何せ、学生地区は、彼等の庭なのだから。
渡り鳥の群れの中から、1人の少年が歩み出る。
肩にモンキーレンチを担ぎ。もう片方の腕を真っ直ぐに伸ばして、パイプレンチで鵺咫路を差す。
「うーわ、ご指名いただいちまったよ」
アイビスのリーダー、虎太郎との邂逅は、騙部の想定し得る最悪の事態へと向かっていた。




