第6話「悪辣悪童魑魅魍魎跳梁跋扈」
その少年は、吊り目だった。仲間内からも、そう呼ばれている。
『吊り目』と。
「────そっちの首尾は?」
アーケード街に呻き声をあげて横たわる不良少年達。吊り目は、そんな彼等を見下ろしながら、スマホで連絡を取る。
「あ、そ。……その規模でいいから、もう何回か襲撃かけてくれる?」
通話相手に指示を出し、吊り目は、地面に転がる金属バットを、爪先で玩ぶ。
「すげえのがいたもんだ」
スマホをジャケットのポケットに入れると、反対側のポケットで、別のスマホに着信あり。
爪先でひしゃげた金属バットを突っつきながら、吊り目は電話に出る。
「ああ、うん。そーね、手筈通りにお願い」
吊り目は、自身の掌に視線を落とす。
金属バットで、適当になぶって隅に転がしておくつもりだった。だが、しかし。
吊り目は、見誤ってしまったのだ。鵺咫路の戦闘能力を。
その結果、30人だった手駒は、10人まで減っていた。手駒が半分になったところで、無傷の数人を残し撤退したわけだが、この惨状を見る限り、退いて正解だったらしい。
「あのニット帽…………この街に、まだ俺の知らない手練れがいたのか」
こーん、と。爪先で金属バットの先を蹴ると、カラカラと回りながら金属バットは地面を滑る。
「…………ありゃ確か、羅生門の制服だったな」
吊り目は呟きながら、巨漢の頭を爪先で小突く。
「…………あ、吊り目、さん」
「おう、起きろ起きろ。撤収すんぞ」
「うす」
鵺咫路の楯無を食らった巨漢は、辛そうに立ち上がると、倒されている他のメンバーを起こし始める。
「……機嫌よさそうっすね」
腹をさすりながら吊り目に話し掛ける巨漢に、吊り目は鼻で笑う。
「俺がか? そう見えるかよ」
「……すんません」
「謝んなって。べつに頭にきたとかじゃねえから」
云いながらも、吊り目は、気分の高揚を自覚していた。
これから、面白い事が起きる。
或いは、面白い事が起こせる。
そんな、予感。
「あ、お前等、忘れずちゃんと剥いでおけよ」
吊り目は、ジャケットの小鳥のシルエットが描かれたワッペンを剥ぎ取る。
「よそのシマでハネるから、小細工してきたが、案外、役に立ったか」
●
「いたぞ」
「こっちだ」
「捕まえろ」
「囲め囲め」
「…………大人気だな」
斎藤を肩に担いで街中を走る鵺咫路が、ガードレールを飛び越える。
すでに、アイビスからの襲撃は、10回近付く。2~3人程だった襲撃の人数も、今や10人前後。
さすがに、終わりの見えない作業はストレスがでかすぎだ。アイビスのメンバーが、この場で倒して退く様なムードでもない。
一度、足を止めて相手をしてしまうと、どんどん人数を膨らませてくるだろう。アイビスが、何故、斎藤を狙っていたのかは分からないまま。
だが、今は、どうにもアイビスの矛先は、鵺咫路に向けられている様だ。
「見付けたっ! ニット帽」
「────…………」
斎藤からの無言の圧力。
「お前が狙われてないか?」と。そんな、空気。
鵺咫路のトレードマークたるニット帽に、こんなに注目されるとは。
「中学生の頃を思い出すね全く」
とはいえ。
物思いに耽っているわけにもいかない。現在、山賊に拐われた村娘の様な格好の斎藤が、追ってくるアイビスを観察しながら呟く。
「…………妙だと思わない?」
「何が?」
斎藤は、アイビスの面々を見ながら疑問点を口にした。
「最初、私を追っていた連中は、もっと粗野だった。しかし、今はどうだろう。
品がよくなったというか、なんというか」
それは、鵺咫路としても、少し気になってはいたところ。
「それに、何故か私ではなく、君を狙っている。正直、私を置き去りにしても、連中は君を追っていくんじゃないかな」
「……バカ云え」
一瞬、それも考えた様な間。だが、鵺咫路は彼女を手放す選択をしない。
実際、吊り目としては、そうしてくれると助かるという話だったのだろう。斎藤1人なら、確保も容易だ。
「ああ、君はそう云うだろうとも。そう答えると、知っていた。
分かっていたさ」
斎藤の声が少し弾む。
「では、方針を変えよう」
どうせ、このまま逃げていても、何も解決しないのだ。
「へえ、どんな?」
鵺咫路の問いに、斎藤は答える。
「アイビスの責任者に、会いに行こう」




