第5話「どちらかと云えば、がしゃどくろが好き」
「鵺」
斎藤の言葉に、鵺咫路は足を止めた。
「……ふうん。鵺、か」
音を確かめる様に、再びそれを口にすると、斎藤が鵺咫路の顔を見上げる。
「好きなんだ?」
「何が?」
早い返答。鵺咫路には、斎藤の言葉がよく分からない。
「ほら、あの探偵は、君を鵺と呼んでいた」
「ああ」と、そこで鵺咫路はようやく会話の輪郭を掴む。
「鵺────虎の胴体に、猿の頭、狸の手足に、蛇の尾。黒雲と共に現れる日本昔話に登場する妖怪だ」
斎藤の言葉に、鵺咫路は「詳しいな」と反応を返す。
「正体の分からない怪異を、そう呼ぶ事もある。君は…………自らそう名乗るくらいには、思い入れがあったりするのかな」
鵺咫路は首を横に振る。
「俺はがしゃどくろ推しだよ」
いいよね。がしゃどくろ。
「鵺ってのは、所長が俺を勝手にそう呼んでるってだけだ。べつに、俺がそう周囲に広めてるわけじゃねえ」
「まあ、鵺って、そんなに強い妖怪でもないしね。弓矢でやられちゃうし」
「血が出るなら殺せるって格言を知らねえのかあんたは」
「トラツグミだし」
「鳴き方はな! いいだろ、鵺!
カッコいいじゃん! 夜に鳴く鳥やぞ」
「小鳥じゃん」
「ぐっ」
「ひょー、ひょー」
「鳴き声でいじるのはルール違反だろ……!」
鵺いじりをされている。
場所は、学生地区のアーケード街。人通りはそれなり。
「俺は、どれだけ戦えばいいんだ? 今回は、相手が引くまでとは云ったが」
「言葉通りの意味だよ。相手が、私の身柄の確保を一旦、諦めるまで」
「…………いまいち終わりが見えねえんだよなあ」
この時、鵺は嫌な予感が背筋を這い上がる感覚に襲われた。
「無論、一旦、諦めるまで……というのは、諦めるまで何日でも護衛期間は延長されるというわけだね」
「嫌な予感に心臓をブチ抜かれちまったよ」
前方を塞ぐ集団。
「うわー、出たよ出た出た」
鵺咫路が、うんざりした声色で呟く。その表情は見えずとも。
心底、そうなのだろう。
「そうかそうか、あんた等が出てきたんだな」
鵺咫路と変わらないであろう、年若い集団。
ジャケットやバンダナに描かれた小鳥のシルエット。学生地区の5大列強ギャングチームが1つ、渡り鳥がシンボルの【アイビス】。
主な活動内容は治安維持の筈なのだが……────。
鵺咫路が後ろを見れば、後方にもずらりと並ぶ渡り鳥。
「…………わかんねえな」
ギャングチームと呼ばれながらも、彼等はイケイケオラオラな武闘派ではない。街で起こる揉め事の収束が、彼等の信条である。
その【アイビス】が、如何にも斎藤を狙う側として登場しているのは、どういった了見なのか。鵺咫路がこの街で暮らす様になって、そう長くもない。
騙部から、街の勢力について、レクチャーは受けはしたものの、当然、【アイビス】と顔馴染みでもないのだ。騙部探偵社としても、そういった少年少女ならではの情報網は欲しいところではあるが、なかなか思う様にコンタクトが取れていないのが現状。
「おい」
肩に金属バットを乗せた少年が、鵺咫路に近付く。
「どこの誰だか知らねえのが、失せろ。俺達は、その女にだけ用がある」
要求であり、命令。
いくら、鵺咫路が大きな身体をしていようとも、この人数を相手に出来るものか。という考えなのだろう。
それは、そう。普通なら。
出来るわけが、ない。
「そりゃ出来ねえよ。金貰っちまったからな」
鵺咫路はそう云って、命令を拒絶した。
実際には、鵺咫路が金を受け取ったのではなく、斎藤からの金を受け取ったのは、彼の雇い主である騙部だ。
「バカだねえ」
少年は、躊躇なく、全力で金属バットをフルスイング。
対して、鵺もまた、テレフォンパンチを繰り出す。
「────楯無」
それは、全身運動を駆使した一撃。
アクションは大味であり、コンパクトにまとめたスピード重視のボクシングのジャブの対極にあるパンチだ。だが、出力は大違い。
全力であり全身全霊。
会心であり渾身。
その一撃を繰り出す為に、脳が肉体に掛ける枷を、一時的に取っ払う。だが、打撃というのは、殴れば反動が付き物だ。
反動があるという事は、エネルギーが100%、対象に伝わっていない。楯無とは、そのエネルギーのロスの削減を突き詰めている技術。
伝わる反動を、自身の関節を固定して、さらに押し返す。則ち、100%の打撃エネルギー伝達。
殴られたのは、自分が持っていた金属バットにも関わらず、不良少年は後ろへ転倒してしまう。思わず手放してしまった、愛用の金属バットが針金細工の様にひしゃげてしまっていた。
「…………うそだろ」
驚愕。
そして、困惑。
最後に、恐怖。
鵺咫路の拳が、人体に向けられると、こうなるのだという最高のパフォーマンス。
「どうすんの? 本格的にやるつもり?
俺はやるならべつにいいけど……わざわざ手加減はしてやらねえよ?」
分かりやすく。
不良少年達は、半歩、退いた。あの暴力の前では、ただでは済まない。
火を見るより明らかであった。最終的に斎藤を確保出来たとしても、自分が痛い目を見るなんて、御免被る。
「【アイビス】が、なんでこの女を狙う?」
「……知りたきゃリーダーに訊きな」
鵺咫路は、今なら情報が得られるだろうかと、質問をぶつけてみたが、あっさりと問答を打ち切られた。斎藤に視線を寄越せば、斎藤は黙って首を横に振る。
「話すつもりはないよ」
「……そうは云うけどな、自分が守っている人間が、何で襲われているのかくらいは知りてえじゃんよ」
斎藤は、『ただ守ってくれ』としか依頼してない。そこに、何の経緯や理由を語らず。
明かさず。金を積み。
頼む。
「余計な事は考えないで、拳を握れ。私を守るのが君の仕事であり、真相究明は命じられていないでしょう?」
「……まあ、そうなんだけどよ」
斎藤と短いやり取りをしていると、痺れを切らした男が前へと出てくる。
「退いてろ。俺1人で十分だ」
「大ちゃん!」
2メートルを超える大男。鵺咫路は、仕方なく、溜め息と共に拳を握り直すのであった。
「警告はしたからな」




