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【戦線都市ワダツミ・カプリッチオ】  作者: 幾多野 数多
【序ノ章】
4/22

第4話「こちら、依頼人のヴィヴァーチェ・A・コンウェイ・斎藤さんだよ。ご挨拶しなさい」

 


 1時間と少し前。



「さ、て、と」



 喫茶パズルに、ではなく、騙部探偵社のお客様として出迎えた、今回の依頼人に、騙部は今一度、素早く視線を這わせた。薄いピンクのパーカーに、フードをしっかりかぶり、顔は確認出来ない。



「理由を聞かせてもらえます?

 ────どうして、私が依頼人だと?」



 面倒な依頼になるだろう。騙部は、依頼人を納得させるより、実際に依頼を聞くよりも早く。

 そんな予感を噛み締める。だが、あまり、解答を先延ばしにするのも好ましくはなかろう。

 依頼人の機嫌を損ねたくはないのだから。



「そう、ですね……まずは」



 じ、と。騙部は、依頼人と見つめ合う。

 顔が見えないが、見つめ合っていると、肌で騙部は感じた。



「お客様は、どうやら、揉め事に巻き込まれたご様子。ともあれ、お客様ご自身が、火中の渦中の中心である可能性もございますが」


「……うん、続けて?」



 服装もそうだが、声も若い。女性の声だ。



「そういった、揉め事案件のお客様は、見て分かるものです」


「どうぞ」



 話の途中で、妹の偽話が、依頼人にコーヒーを出す。喫茶店のコーヒーだ。

 依頼人は、コーヒーの匂いに、「お」と、口の形を変えた。香りがいいコーヒーは、信頼の出来る味だとか。

 そんな持論の持ち主なのかも知れない。



「さすが、私の妹だ。丁寧かつ、完璧。

 まさに、完成された接客と云える」



 兄の妹への評価がバカ高いのは意味不明だが。



「ところで妹よ」


「なんだいお兄ちゃん」


「私の分はないのかい?」


「もちろん、ちゃんと用意してるよ」



 コトリ、と。丁寧に騙部の前に、それが置かれる。



「わあ、カツカレーだ」


「召し上がれ」


「うん、いい匂い」



 依頼人に、ツッコミをいれる気配はない。というか、戸惑っている。

 何故、この店というか、探偵社では、客人にコーヒーを提供し、所長にはカツカレーを提供しているのか。とてもいい匂いがする。

 客人にコーヒーを提供したのなら、所長にもコーヒーを提供するべきなのではなかろうか。あのトンカツはきっと揚げたてだ。

 衣はサクサクしているに違いない。サクサクと云えば、ショートケーキ。

 ショートという名前は、英語ではサクサクしているという意味だが、その他にも、ボロボロに崩れる様という意味もある為、どちらかというと、サクサクしたケーキではなく、ボロボロのケーキが適当であるのかも知れない。



「…………そもそも、トンカツはショートケーキではないのだから、サクサクしてて問題ないのよ」



 いい匂いのカツカレーのせいで、依頼人の意識が宇宙の真理に到達しかけていたが、何とか意識をこちら側へと引き戻す。



「……それで? 続きを聞かせてちょうだい」



 「ふむ」と。騙部が、一口食べようとしていた手を止めてスプーンを置く。



「まずは、君の靴だ」



 依頼人は、視線が足元にいきそうになるのを自制した。



「見たところ、市販されている、ありふれたスニーカーだね。しかし、土埃が少し目立つな」



 そこで騙部がコーヒーを一気飲み。



「いや、それ私に出されたコーヒーなんだけど」



 依頼人の言葉を無視して、騙部は「うま」と、小さく呟く。



「はねた泥水の様な染みは、最近は晴れ続きだった点から推測するに、室外機の多い路地裏を通って『逃げてきた』んじゃないかね?」


「……へぇ」



 コーヒーを勝手に飲まれてしまった点はマイナスだが、今の推理は加点だ。



「元々は街中で揃いそうな服装である君は、普段から、その様な道をあまり歩き回るタイプの人種ではなかろう。そういった道を歩き慣れている連中は、靴の汚れに無頓着であって、身なりもまあ、それにちなんだものだよ。

 だが、今回、何かしらのトラブルに巻き込まれたのは君だ。人目を避ける為か、はたまた、単純に追っ手を撒きやすいと判断しての選択か。

 警察……というか、派出所に駆け込むという選択肢を取らずに、こんな探偵社に駆け込むという点」



 事情を深く探られたくはないのだろう。そこまで察して、騙部は言葉を止めた。



「うぇーいっすー」



 間延びした声と共に、このタイミングで学生服の男が入ってきた。



「やあ、鵺くん。待ってたよ」



 鵺。

 高校に通いつつ、放課後は探偵や喫茶店のアルバイトに勤しむ鵺咫路が、学校から帰ってきた。依頼人は、鵺咫路の大きさに、少し驚いた様子。



「彼がうちの会社の揉め事担当です」


「待て、待ってくれ社長」


「誰が社長だ。所長と呼びなさい。

 ほら、鵺くん、今回の依頼人さんにご挨拶」


「いや、だからな? 所長、待てっつってんの」



 鵺咫路はカバンをカウンター席のテーブルに放り投げると、偽話に「汚い物をテーブルに乗せるな」と、床に落とされた。



「なに? なんなの?

 いきなり仕事? しかも、喧嘩する感じ?

 俺、まだ着替えてすらねえんだけど」


「なにを云っている。君に頭脳担当は無理だろう?

 居候なのだから、学費と食費と家賃分はしっかりと働きたまえ」



 そう云われてしまっては、鵺咫路には返せる言葉がない。



「勤勉でありたまえよ。学生くん」



 むかつく。…………が、今は。



「────」



 そこで、やっと鵺咫路はまともに依頼人を見た。



「で、仕事内容は? 俺が駆り出されたって事は、護衛か?

 それとも、どこぞの事務所にでも殴り込んで暴れ回ればいいのか?」


「頼みたい仕事は、私の護衛。ここも、たぶんそのうち見付かる。

 相手が『今日のところは』と、諦めるまでやって欲しい」



 「ふうん」と。

 鵺咫路は顎を指先で撫でる。トレードマークでもあるニット帽を、その指先に引っ掛けると、少し下へとずらす。



「いいよ。わかった」



 何を考えたのか。1分にも満たない時間で。



「やるよ、あんたの護衛」



 依頼人は、上機嫌に頷く。



「鵺くん、大事なお客様を『あんた』呼ばわりはやめなさい」



 「だって、名前知らねえし」と、不機嫌そうに顔をそむけると、鵺咫路は騙部の前にあったカツカレーをひったくり、勢いよく掻き込む。



「ええと、それでお客様の事を、我々はなんとお呼びすれば?」



 騙部が訊けば、予め決めていたのであろう偽名を、さらりと口にした。



「斎藤」



 「なんか偽名くせえな」と、3人が言葉を飲み込む。



「ヴィヴァーチェ・A・コンウェイ・斎藤」



 本名を伏せる依頼人が、客の中にいないわけではないが。だが、しかし。

 これは、あまりにも。



「…………」


「…………」



 騙部兄妹が、無言で頷き合うと、騙部は、鵺咫路へと向き直る。



「こちら、依頼人のヴィヴァーチェ・A・コンウェイ・斎藤さんだよ。ご挨拶しなさい」


「…………」



 「マジか」と、音にならない声を、鵺咫路は溢した。だが、仕事は仕事。

 依頼人は依頼人だ。鵺咫路は、食事を終えて、皿の上にスプーンを置く。



「今回、あなたを護衛させていただきます、騙部探偵社アルバイトの鵺です」


「うん。私の護衛についたのが、頼もしい体軀(たいく)で何より…………でもね」



 上にあったであろう、依頼人こと斎藤の視線が、徐々に下がっていく。やがて、それは、鵺咫路の胸あたりで止まった。

 正確には、彼が袖を通している学生服に向けられているのだろう。



「学生……? 高校生?」



 要するに、こんな若いクソガキで大丈夫なのかと、胡散臭いものを見る目を、騙部へと向けるのだが。



「はっはっは。ご心配なく。

 彼は、番長ですから」


「番、長?」


「ええ。羅生門男子高校最強の男である称号、番長です」


「おお……」



 それは強そうだ。斎藤は、そう思ったが。



「なってないなってない、番長なんて。勝手な設定を生やすな」



 鵺咫路が即座に否定する。



「なんだ、番長じゃないのか」



 がっかりした様子で、斎藤が声を落とす。



「まあまあ、お気になさらず。実際に、彼が脳筋ゴリラなのは変わりませんから」


「誰がゴリラだ」



 脳筋はいいぞ。

 ……脳筋はいいぞ。


 騙部が、鵺咫路に笑顔を向ける。



「頑張ってくれたまえよ。うまく仕事をこなせば、馬肉寿司をご馳走してあげようじゃないか」


「馬肉寿司!? なにそれ!?

 ………………おいしそう!」


「えぇー……俺、魚より肉が食いてえなぁ」



 やる気を出させる為のご褒美だったが、妹の方が食い付いてしまった。

 男子はとにかく肉が大好きなものである。



「馬鹿野郎、馬肉寿司だぞ馬肉寿司。魚じゃない、馬の肉だ」


「え、馬さん食うの?」


「…………人類は、大抵の生物を食べるものだよ。毒があろうと、それを避けたり、無効化してまで食べたりね。

 知ってるかい? 海外では、タコをデビルフィッシュと呼んでるところもあるんだ。

 この、日本という国では、食卓にお馴染みの顔で並んだりしているがね。忌避してきた国にとっては、さぞ『あんなもの食べるなんて』といったところかね。

 …………ああ、そうそう、タコといえば、海の賢者と呼ばれる程、知能が高い無脊椎動物なのだがね。8つの神経細胞が、それぞれ8本の足を動かす脳の役割を果たしているとの事だ。つまり、だ。

 タコという生物は、胴体の脳も合わせて、なんと9つも脳味噌を持っているという事だね。私はこの話を聞いた時、そりゃ頭がいいわけだと、単純に思ったものさ。

 はっはっは。

 タコは、寿命さえ長ければ、海底都市を築いていても不思議ではないと云われる程、知能が高いという。ロブスターの様に、テロメラーゼが活性化していれば、あり得ていたのだろうね。

 あまり、賢くなられてしまうと、道具を使いだしたタコが連携して海底調査をしている人間を襲う……なんて未来もあり得たと思わないかい? ……いつか、作ってみようかな、タコ映画。

 タイトルは仮にエイトフットオクトパスなんてどうだろう」


「いやいや、いやいやいや、長い、長い長い長い、長いよ。めっちゃ喋るじゃん。

 あんたのその、タコへの熱い想いはなんなんだ……サメ映画とか好きそうだな。そして、エイトフットオクトパスは、もうそれはただのタコなんよ」


「最後には頭が6つになったタコが竜巻になって世界を────」


「混ぜるな」




            ●




「…………いってらっしゃい」



 偽話は、2人を静かに送り出す。



「────あの子、大丈夫かな」



 からんからん、と。出入口のドアの開閉リズムに合わせてベルが歌う。

 偽話の視線の先には、依頼人である斎藤と、その後ろを付き従う様に歩く鵺咫路の姿。



「大丈夫さ、彼には大抵の人類を遥かに凌駕する力がある。たぶん、高速道路でダンプカーが突っ込んできても勝てるんじゃないかな」



 くくっ、と。

 騙部探偵が笑う。



「ま、そりゃさすがに無理か」



 そして、あっさりと自分の言葉を曲げた。

 「でしょうね」と。偽話も、それに同意する。

 兄と妹。2人は、互いの性分を、気性を、理解しているのだ。



「全く、隠し事の多い……」


「嘘だらけだった」


「事実を語り」


「事情は語らない」



 騙部兄妹。彼と彼女が、この街で────この島で、何故、探偵業を営んでいるのか。

 それまで、どこで、何をしてきたのか。誰も知らない。

 知る事が出来るのは、騙り尽くされた過去のみ。そこに真実はない。



「気が合いそうだ」



 嘘つきが、微塵も思ってすらいない言葉を口にする。だが、だから、こそ。

 嘘をつく人間だからこそ、他人の嘘と隠し事に気付く。斎藤という名前もそうだが。

 顔を見せなかった依頼人。そして、その服装も。



「普段、あの格好をしてる人間じゃないね」



 嗅ぎ分け、掻き分けられた嘘。隠し事。



「あのスニーカーも、履き慣れていない歩き方だった」



 4月6日の夕暮れ。


 出逢いも始まりも、全てはこの日に起きた。繋がっていくものだ。

 人と人との因縁も。

 人と人との因果も。

 そして、人と人との業も。

 曲が、始まろうとしていた。


 やがて、この欲望の島で溢れ出す、狂想曲(カプリッチオ)が。


 

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